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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 ケイキがリコウの部屋を去ろうとしていた頃、セイショウもまた窓から同じ満月を見ていた。

 セイショウの元にも今回の処分の通知は届いていた。内容を聞いてシオンとヤオはほっとしたようだった。


 しかしセイショウは複雑な気持ちでその処分の話を聞いていた。

 これほど軽い処分が皇后から出されるとは正直驚く他なかった。間違いなくケイキが裏でうまく皇后に頼んでくれたはずだ。妃候補という身なら、当然この決定にはケイキに感謝をし、喜ぶべきことであった。


 しかしセイショウは後宮を去れなかったことに戸惑っていた。今では一刻も早くここから出てもう誰も不幸にさせないですむような場所に移りたい心境だった。


 先日リレンが話していたことを思い出す。



“どこか人知れない山奥で、一人仙人のような暮らしをしたい”



 リレンの話はただの幼い子供の夢物語というだけではないように感じた。セイショウもまたリレンの想像した世界に憧れた。



 セイショウは棚に置かれた二つの粘土細工に目を止めた。ひとつはリレンが最初に作った龍。もうひとつはセイショウが頼んで作ってもらった麒麟である。


 二つを手に持つとセイショウは長椅子に静かに座った。そして目の前の卓の上に二つを乗せた。


 その内の龍の方を手に持ち、まじまじと眺めた。それは本当に生きているかのように現実味があり今にも動きだしそうな龍であった。その小さな口は少し開いていて中からかわいらしい牙が見えていた。

 今日のセイショウにはその龍の口から小さな炎がぼっと吹かれているように見えた。



 カリュウさん……



 セイショウはキリンの口からカリュウの話が出て以来、何度もカリュウのことを思い出した。


 今まで心のどこかに封印していたその記憶がたがが外れたように溢れ出していた。



 故郷ではまだ戦が散発していた。その頃、カリュウとセイショウは週に一度セイショウの二胡の習い事の帰りに合わせて会っていた。街の近くまで隣国が攻めてきて不穏な雰囲気が漂ったため、セイショウはいくつも抱えていた習い事を二胡だけにしていた。


 街外れに桜の木が十数本集めて植えてある小さな空き地があった。そこは春の桜の季節には人が大勢集まる憩いの場で、いくつか木でできた長椅子も置かれていた。しかし、それ以外の季節にはほとんど人気のない忘れられた場所であった。


 セイショウは街では有名人で目立つ存在だった。さらにカリュウは軍の隊長という立場でこの街に来ている。二人が街で一緒にいれば、街の噂になることは確実だった。

 そのため二人はこの人気のない空き地で会うことに決めていた。


 二人でいる時はそのほとんどの時間、カリュウが話をした。セイショウはカリュウといるだけでも十分楽しかったが、話を聞いている間いつもさらに幸せな気持ちになった。


 カリュウのする話はいつも楽しくて、最後には心が温かくなるものが多かった。


 小さい頃子猫を拾った時の話とか、学舎で仲間達と何かの実験をしていた大失敗をした時の話とか……



 そんな中ある時カリュウは珍しく自分の仕事について真面目に話をしたことがあった。


 カリュウの父は軍に所属していた。そのためカリュウも小さい頃から何の疑問も持たずに大きくなった軍に入ると決めていた。

 子供の頃から武事がよくできたことも理由のひとつだった。特別努力をした記憶もないが、不思議とどんな武事も上手にこなし強かったと言う。


「頭を使うより体を使う方が向いていたんだね」


 カリュウの笑顔はセイショウの記憶に今でも鮮明に残っている。


 そしてカリュウは軍に入って少したった頃、ある村に派遣された。そこへは戦で行ったわけではなかった。水害対策の水路を作るために暇な兵士達が派遣されたのだった。


「その時にその水路を作る指揮を執っていた文官を見て思ったんだ。人の役に立つことに自分の能力を発揮できるのっていいなと。もちろん、軍の兵士もそうだよ。彼らは自分の命までかけて国を守っている。でも、どんな理由でも他人を殺すことを仕事にするのはかなりきついから。どうやって戦ったら沢山の敵を倒せるかを考えるなんて厳しいよね」


 セイショウもカリュウの話には納得できた。カリュウはとてもやさしい性格だ。もっと穏やかな仕事もあったはずだ。


「戦いでも地形や天候はとても重要な要素だけど、そういう水路を作ったり、灌漑施設を作ったりするのも同じなんだ。色々な知識を総動員して目的を成功させていく。それで自分にはそういう職業を目指す道もあったんじゃないかなと。体力にだって自信はあるから、どんな山奥や雪の多い場所の作業だってやれたと思うし。そして何より完成させた時の村の人達の喜びをこの目で見られる所がよかったな。最高だったよ」


「それなら、今からでもなればいいのでは?」


 セイショウはそう言ってみた。カリュウは若いし、まだ間に合うのではと。セイショウもカリュウが危険な軍などにいないで、そういう仕事をしてくれれば安心できる。


「確かにね。でもそういう仕事につくならまず科挙の試験に合格しないとね。相当勉強をし直さないと。まぁ、とにかくこの戦を無事終わらせないと何も考えられない。今までは何となく思っていたことだけど、セイショウ、君と会ってからは本気で考えてみたくなったよ」



 あの時のカリュウの思いは今どこを漂っているのだろう。結局そんな思いはどこか遠い夢の世界へと消えてしまった。



 セイショウは粘土の龍を卓に置いた。そして龍のとなりに麒麟をぴたりとつける。



 カリュウさん、どうか私の代わりにキリンの心を慰めて。


 そして私が後宮にもう少しいる間、これ以上誰も不幸にしないよう守ってください。



 セイショウの切実な願いとともに夜は更けていった。


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