30
翌日、ケイキは皇后に文を送った。内容は昨日の失礼な態度へのお詫びに昼の食事を一緒にしたいというものだった。東宮内に席を設けるので是非来てほしいと丁寧に書いた。
皇后はそれを読んで、またあの妃候補の処分のことで説得にあたるのだろうと思った。今回の件でケイキは珍しくなかなか折れないようだと感じた。
しかし皇后はどれだけケイキから説得されても、あの娘を後宮から出すことを曲げる気はなかった。目的はわかっていたが、ケイキが皇后を食事に誘うことなどまずない。試しに一度行ってみるのもいいだろうと考えた。
ケイキは昼の食事についてどうしたらいいか考えた。
昨日の今日だから豪華なものなど用意しなくていい、ケイキらしい食事を用意するだけだとリコウは言っていた。
自分らしい?ケイキは自分から誰かを招待して食事をしたことなどなかった。どういうのが自分らしいと言うのだろう。考えてみたが自分ではわからず、身近な女官に聞いてみた。
「そうですね。ケイキ様はお昼はいつも簡単な物を少ししか召し上げりませんし、お野菜が中心ですよね。皇后様も同じものでよろしいのではないでしょうか。ただ、お皿の盛り付けはいつもより華やかにするとか。いまの季節は美しい花々が簡単に手に入ります。花などを盛りつけの飾りとして使ったらいかがでしょう?」
ケイキは女官からそう言われ、それならそのように準備するよう指示をした。
昼時になり、皇后が何人も女官を引き連れて訪れた。
「ケイキが食事誘ってくれるとは珍しいこともあるものですね。もちろん息子からの招待ですから何を置いても来なければと思いました」
皇后はケイキに案内され食事の席についた。食卓の上に並ぶ食事は特に豪華な物を用意したわけではないようだった。しかし色とりどりの花に飾られ、日常の食事よりは意図して華やかにしたようだった。
「どうぞ、召し上がってください。昨日は皇后様に大変失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした。昨晩はずっと反省をしておりました。それで今日急にお詫びのお食事でもと思い立ちまして」
ケイキはリコウに言われたまま、挨拶をした。リコウからの指示はこの食事で絶対にセイショウの話は出さないということだけだった。後はどんな話でもいいから食事の間持たせればいいと言われた。
ケイキは皇后に食事の間どんな話をすればいいのか悩んでいた。二人で長く私的な話などしたことはないのだ。しかしその心配は全く無用であった。
実際には皇后が勝手に話をした。ケイキはうなずきながら聞いているだけでよかった。内容は夏に着る着物の生地を注文したとか、昨日来た宝石商の話でいい翡翠が手に入ったとか、部屋の壁紙を張り替えたいと思っているがどんなのがいいかとか……ケイキには全く興味のない話ばかりであった。
それでもその場を何とか繋ぐことはできた。
そして帰り際にケイキは庭に咲いていた虞美人草の切り花を皇后に渡した。これも庭に咲いているものを何でもいいから手土産にするようリコウからの指示であった。
皇后が花を抱えて機嫌よく帰っていくとケイキはほっとした。いつもの椅子に座り先程のことを考えた。
皇后は豪華で華やかなものが好きだ。それなのに食事も土産もあれで本当に良かったのか。ケイキはリコウから豪華な飾りなどを用意するよう言われていたら、今回は無理をしてでも急ぎ取り寄せるつもりだった。
あの食事や花を皇后は内心どう思っていたのか。皇后はケイキが単に面倒なので手軽に済ませたと思うだけではないだろうか。
翌日は皇后に菓子を送った。ケイキは甘いものをほとんど口にしないので、よく菓子のことはわからなかった。そこで女官達がおいしいとよく食べている菓子を取り寄せるよう指示をした。これもまた、日常食べるような菓子で豪華ではないものを用意するようリコウから注意されていた。
そして菓子箱には文をつけた。
“この菓子は街で売っているごく普通の菓子ですが、とてもおいしいと評判のものです。皇后様にも是非食べていただきたいと思い贈りました”
更に翌日には、食事の差し入れをした。
“お忙しいと思いましたので、今回は食事をお持ちしました。またお時間があったらこちらで食事でも如何でしょうか”
――一週間ほど続けた。ケイキはもういいかげん、皇后が怒り出すと思った。余りにもしつこい贈り物とお誘いに限界だろう。
ケイキは本当にこれで大丈夫なのかリコウに尋ねた。しかしリコウは涼しい顔で答えた。
「やるのは一日置きでも、ニ日置きでも構わないが、それじゃ時間がかかるだろ。毎日やれば早く話が進む」
ついに、皇后が再びケイキの元にやってきた。
「ケイキ、一体どういうことですか。あの妃候補のことをまだ諦めてないということですか?」
ケイキは一言もセイショウのことを頼んではいなかったが、皇后には十分無言の圧力をかけることができていたらしい。
「いえ、そういうつもりではありません。今までずいぶん私達の間には距離がありましたので。この機会に皇后様とお近づきになれればと思って贈り物をしたまでです。でももし、皇后様がセイショウのことにも御配慮いただけるならうれしく思いますが」
ケイキは自身ではとても言えそうもない歯の浮く台詞を、リコウに指示通り努力して言った。
「………。わかりました。セイショウを後宮から出す話、今はとりあえず保留にしましょう。あのような者はいつでも後宮を追い出すことくらいできますから。ただし、今後一切琴を弾くのは禁止です。人前であろうとなかろうと絶対にいけません。それからケイキはひと月はセイショウの元を訪ねてはいけません」
「何故?」
「周りの者達にあなたがセイショウに泣きつかれたため、罪を軽くしたと思われてはいけないからです。これはあくまで私が決めたことです。『青琴の君』は迷信ということで罪は問わないことにしましょう。ただし、宴を騒がした罪には罰を受けてもらいます。セイショウはひと月で私の着物を作ってもらいます。毎日寝ずに作業をしないと完成しないでしょう。完成するまでは誰とも会うのは禁止です。リレンにもしっかり言っておきなさい」
その夜、今度はリコウの部屋に滅多に訪れない人物が来ていた。そしてリコウの目の前の椅子に座っていた。
「正直こんなに簡単に皇后を説得できるとは思わなかった」
ケイキは率直な思いを口にした。
「何だかんだ言っても皇后はケイキと関係が持ててうれしかったのさ」
リコウはいつもと変わらず長椅子の上に横になり天井を見ていた。
「まさか。それにあんなごく日常の贈り物をして皇后に効果があったのも意外だった」
「ケイキ、馬鹿だな。皇后は媚びとか機嫌取りとかには敏感なんだ。ケイキが高価な物なんか贈ったら、余計に怒りを買うだろ」
「とにかく今回のことはリコウのおかげだ。礼を言う」
ケイキはリコウに素直にお礼を言った。そして続けた。
「だた、リレンが琴を聞くことはできなくなった。それは謝っておいてくれ」
「まあな。リレンは残念がるが、それは仕方ないだろう。しかし、今回想像以上に皇后は譲歩してくれたな。セイショウに着物を作らせてもそう罰にはならないことくらいわかっているだろう。他の妃候補だったら確かに結構大変だろうがな」
「ああ、どこまでセイショウのことを知っていてその罰にしたのか……」
「リレンのことまで把握してたんだぞ。何もかも知ってるさ。まぁ、これでセイショウは皇后の目にしっかり留まった。これからはケイキ、お前も気をつけて行動するんだな。そうでないとセイショウは、次は無事では済まないぞ」
「ああ、そうだな」
ケイキはリコウとの話が終わると立ち上がった。窓の外には綺麗な満月が浮かんでいた。今すぐにセイショウに伝えに行きたかったが、次に会うのはひと月後になる。今頃セイショウにもこの朗報が届いていればいいと思った。




