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ケイキはセイショウの家を後にすると迷わず皇后の元へと向かった。
その時、皇后は夏に身につける装飾品をどのようなものにするか、宝石商に指示を出していた。
皇后は、女官からケイキが訪れていると伝えられ少し驚いた。しかし直ぐにどんな用事で訪ねて来たのか見当がついた。
「そのまま少し待たせておきなさい。私には大切な用事があるから、今は席を外せないと伝えて」
隣で聞いていた宝石商は驚いた。そして今すぐ自分が退席すると申し出た。また明日にでも出直しますのでと言って腰をあげる。皇后はそれをとめた。ケイキの用事は検討がついているので構わないと言う。
「さあ、続きを決めましょう」
皇后に促され、宝石商は落ち着かない思いで装飾品の打ち合わせを続けた。
ケイキは皇后の部屋の前の待機部屋で一刻は待たされていた。人をこんなに待たせるだけのどんな用事があるというのか。その間苛々は募り、セイショウへの処分はなしにするよう皇后に話す意気込みだけは強くしていた。
ようやく女官が現れて皇后の部屋へと通された。その際、ケイキは見憶えのある宝石商とすれ違った。益々苛立ちは大きくなった。
「ご機嫌よう。皇后様。今日はお忙しいところ急に訪ねたりして申し訳ありません」
何とか気持ちを抑え込んでケイキは挨拶を済ませた。
「あら、ケイキ。今日は自らいらっしゃるとは珍しいこともあるものですね。前もってご連絡をいただけたら時間を空けておくこともできましたのに。それで如何致しましたか」
「ええ、今日は皇后様にお願いがありまして参りました」
ケイキがどんな用事でここに来たのか皇后には検討がついていることはわかった。しかし今そのことに言及してもしかたがない。とにかく用件を単刀直入に告げることにした。
「セイショウのことです。昨日宴で大騒ぎになった。今、皇后様は処分を検討していると耳にしましたが」
「確かにどのようにするか、考え中です。今あの子は自宅謹慎にしています。あれだけのことをしたのですから、それ相当の処分を考えないといけませんので」
「今回の件は処分はなしとしてください。それができないということなら厳重注意ということで」
「そのようなことはできません。あのような者の行為を許したら、後宮の秩序はおかしくなります。セイショウを後宮から出すことはもう決めています。さらにどんな処分を付け加えるか、それを検討しているのです」
「それはなりません!」
ケイキにしては珍しく強い口調で言った。
「何故?」
「セイショウは悪くないからです。『青琴の君』などというのは全く迷信にすぎません」
「そうとは言い切れませんよ。人々が信じることはそれが真実であろうとなかろうと、事実となっていくのです」
「しかし、今回の件は実害はないでしょう。セイショウも宴を騒がせたことは反省しています」
「実害?実害はありました。皇太子にそのような妃候補がいたということは臣下を含めて皆に知れ渡りました」
「皇太子の私が実害はなかったと言っているのです。臣下達がどう思ったかなど私は全く気にしません」
「ケイキは何もわかっていませんね。こんなことでは将来が心配です。とにかく後宮のことは私が決めます。ケイキは黙っていてください」
ここで皇后は話を終わらせようとした。
「どうすれば、もう一度考え直して頂けるのですか?」
いつもならどんなに意見を言ったとしてもこの辺りで身を引くケイキであった。しかし今日は違った。
「それならば、セイショウを皇太子妃にします。皇太子妃が後宮を去ることなど前代未聞でしょう」
勢い余ってケイキもそれまで全く考えてなかったことを口にした。
「ケイキはおかしくなったのですか?あのセイショウとかいう女にどんなことを言われて言いくるめられたのか知りませんが、よく物事を考えてから話しなさい。とにかくこの話はもう終わりです。部屋に戻って頭を冷やしなさい」
皇后は怒りが頂点に達し、ケイキをその場に残して別室に移ってしまった。
ケイキは自分の部屋に戻ってきていた。さすがのケイキも皇后が別室に行ってしまっては、交渉の余地がなかった。
どのように説得すればよかったのか。確かに少々子供じみた言い方だったと反省をする。
窓から遠くを眺めていたが、空はもう夕刻の赤い光に包まれていた。
そこへ突然リコウが訪ねてきた。リコウはすぐ近くの建物に住んでいるが、ケイキの部屋にくることなどまずない。前回いつ訪ねてきたのか思い出せないくらいであった。
「やあ、ケイキ。この前ここに来たのはいつか忘れたが、この部屋はその時と全く変わっていないようだな。何か置いたりしないのか、あまりにも殺風景だぞ」
リコウはそう言いながら、ケイキにはおかまいなしにケイキのいつも座る椅子に腰を下ろした。
気に入っている椅子を取られて所在がなくなったケイキは立ったまま窓に凭れかかっていた。
「何の用だ」
「いや、あの後、皇后の部屋を訪ねたと聞いたのでね。たぶん皇后の説得に失敗したんじゃないかと思って来てみた。だいたい俺は人のことに係わるのはそんなに好きじゃない。だけど、今日はリレンがセイショウにお世話になったみたいでね。リレンが人に懐くのはそんなにないが、かなりセイショウのことは気に入ったようだ。今度いつセイショウのところに行ったらいいか煩くて。確かにあの琴の音は最高だった。リレンじゃなくても、もう一度聞きたいと思うものだったよな」
リコウは楽しそうにそこまで話した。
「それで?」
「この問題を早く解決してもらいたいんだよ。そうでないとリレンも落ち着いてセイショウの琴を聞けないだろ。皇后への説得には少し頭を使わないと駄目なんだよ。もちろんケイキ、お前が説得するんだ。俺の案を試してみるか?」




