27
「さて、それでは僕の持ってきたものを出して見よう」
リレンは楽しそうに自分の横に置いてあった重箱を卓の上に乗せた。
「ところで、ここにはセイショウ付きの女官は二人いるのですか?」
突然の女官の話にシオンは驚いた。
「はい、二人おりますが」
「それならあなた達もこちらに来て。あ、自分の椅子をもってくるのを忘れないでね」
シオンとヤオは恐る恐るそれぞれ椅子を持って近づいた。
「では、はじめましょう」
リレンは箱の蓋を開けた。シオンとヤオはのぞきこんだ。
一段目に入っていたのは、竹や木でできたヘラであった。そして二段目に入っていたのは真っ白な粘土のようであった。
「あの……これは?」
「いい?よく見てて」
リレンは粘土を掌に乗るくらいの量とり出した。そして器用にぐいぐいと捏ね始めた。続けてその粘土をひとつに纏めたと思ったらいくつかに小分けして、またひとつに繋げた。その粘土をさらに右手で微妙な力を加え、押したり引っ張ったりして徐々に形を整えていく。
そこでリレンは重箱からいくつかのヘラを取り出した。指先でヘラの形を確認すると目当てのヘラを手に取って、あっという間に粘土に細かい模様を入れていく。
「はい、できました!」
リレンの手の上にはそれは見事な“龍”が乗っていた。
「どう?上手にできているでしょ?」
リレンは得意げに言った。
「さぁ、あなた達もやってみて」
シオンたちの戸惑いにはお構いなしに、同じように作るよう勧めて来る。
「いえ、私達はとてもリレン様のように素晴らしい龍を作ることはできそうにありません」
シオンは思い切って言ってみた。どう考えてもリレンのように、器用に粘土で何かを作ることなどできそうにない。
「そりゃあ、初めからは無理だよ。僕だってずいぶんたくさん作って上手になったんだから。とにかく作りたいものを作ってみて。さぁ、はやく」
「では、リレン様の龍を見本にして同じものを作ってみます」
そう言ったのは、セイショウだった。シオンもヤオもセイショウがそんな風に積極的に答えるとは思っても見なかったので、内心驚いた。
「わ、私達もやってみます」
シオンは三人分の粘土を重箱からとると、それぞれの掌に適量を分けた。
それから三人は無言で黙々と作業を進めた。真剣になればなるほど、無心になり言葉はなくなっていく。
リレンは三人が懸命に龍を作る間に、十は色々なものを作っていった。犬や猫、花、靴や鞄……。
三人が作業に集中して何も話さないので、リレンは一人で勝手に話をし出した。
「僕はね。大きくなったら、こういうものを焼き物で作ってみたいんだ。そういう土を使って作って、どこか誰も知らないような山奥で、一人静かに窯と向き合う生活をするんだ。そして毎日作っては焼いていくんだ。仙人みたい暮らしをしながらね」
「……え?仙人ですか?リレン様が仙人になるまでと言ったら、相当長く生きなきゃなりませんよ。すいぶんお若いんですから」
シオンは粘土作業に気を取られていた上、相手を子供と言っていいほど幼く感じていた。
さらに皇子であることも忘れ、適当に返事をしてしまった。
「うーん、仙人にならなくても仙人みたいでいいんだけど。それからね、作ったものを街で売るの。どう?そういうの、売れると思う?」
シオンのとんでもない返事にもリレンは気を悪くした様子も見せず、更に話を続けた。
リレンの話はかなり夢見心地の物語であったが、粘土細工の技術だけなら可能な話のようにも聞こえた。
「でも、リコウはね、作りたければ宮殿に窯を作って焼けばいいっていうの。街で売るにしても近くて便利だからって。そういうの、僕の思っているのとはちょっと違うんだけど」
現実的考え方の第二皇子の言いそうなことであった。
「さて、そろそろできた?早く作らないとどんどん粘土は乾いて固くなっちゃうんだよ」
三人はそれぞれ一応形にはしたところであった。
リレンはそっとセイショウの作った龍をさわってみた。まだ粘土は乾いていないので強く触れば壊れてしまいそうな状態だった。
「うん、セイショウの龍は、なんだかかわいらしいね。ずいぶんぷっくりしてて子供の龍みたいだ」
シオンはリレンが上手に褒めるのでそれに感心をした。セイショウには申し訳ないが、実際には龍と言われなければわからないくらい残念な出来の龍であった。
「さてそちらのは?あ、これはトカゲですか?龍をやめて簡単なトカゲに変えましたか?それにこちらの。これは、ヘビに近いです。鱗の感じ以外、もうちょっと練習が必要です」
ヤオとシオンは真っ赤な顔になり、セイショウはくすくすと笑い出した。
「どう?楽しかった?三人ともたくさん作ればどんどん上手になるからね。これからもどんどん作ってみてね。それにしても今日、僕が最初に龍を作ったのは失敗でした。龍は作るのがかなり難しい生き物だから。でも、作りたいものを作るというのが上達の近道ではあるけどね」
リレンはあたりに散らばったヘラを集め始めた。
「そうだ。最後に何か一つ希望のものを作りますね。何がいいですか」
セイショウはちょっと考えているようであった。
「それでは、麒麟をお願いします」
「麒麟?麒麟は架空の生き物ですが」
「ええ、でもとても欲しいのです。それに龍も架空の生き物です。それでもリレン様は上手に作られました」
「うーん、麒麟は確か、体は鹿、蹄は馬、尾は牛に似ていて頭に角があるんだったかな?一度も作ったことはありませんが、やってみます」
シオンはセイショウの口から“キリン”という言葉が出てきて胸が痛くなった。
リレンは龍を作った時と同じように素早く粘土で形を作っていく。そしてあっと言う間に作り上げると自分の指でそっと形を確認しているようであった。
「こんなものでどうでしょう。セイショウの思っている麒麟とは違うかもしれませんが」
リレンはそっとその麒麟を卓の上に置いた。
「ありがとうございます。これは大切に致します」
セイショウは感謝した。
その時だった。家の戸口の方から大きな声が聞こえた。
「おい、リレン!ここに来ているのか?忘れ物を届けに来たぞ」
「リコウ!」
リレンは驚いて立ち上がった。四人は急いで戸口に向かった。
そこには大きな荷物を抱えた宦官を従え、リコウが立っていた。
「リコウ、どうしたの?僕、何か忘れ物をした?」
リレンは手を粘土で白くしたまま近づいていき、リコウに話し掛けた。
「やっぱり、リレン、粘土持って行ったのか。リレンに付き合わされてお前達も大変だったな。リレンは女官でも誰でも一緒にやってくれそうなのを見つけると相手構わず一緒に作らせるからな」
「だって、すごく楽しいでしょ。セイショウ達も楽しかったはず。ちょっとここの人達は下手すぎたけど」
リレンは本音をぽろりと言った。
リコウは笑いながら、後ろの宦官達が持つものを指差した。
「セイショウの家には琴を聞きに行くと言ってなかったか。だったら琴を持って行かないと聞くことはできないぞ。『青琴の君』は琴を持っていないだろう」
「え?そうなの?」
リレンは驚いてセイショウに尋ねた。
「ええ、実家から持ってきませんでしたので。ですが私は……」
そこへケイキが訪ねてきた。ケイキは予想外の人物の姿に驚いたようだった。
「一体お前達、皆で集まって何をしている?」




