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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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「私、セイショウに会った時、カリュウ兄様が言ってた人に間違いないと思ったの。辺境の街の出身だったし、青い髪に青い目のとても綺麗な人だったから。でも……もし、セイショウが兄様の思っていたような人でなかったらとも心配になったの。これからずっと一緒に後宮で過ごすのに。だから初めは言えなかった。私は兄様の妹だって」


 キリンは自分のことを懸命に説明しようとしていた。今まで言おうとして言えなかったことをすべて吐き出しているようであった。


「でも、そんな心配は必要なかった。セイショウはやさしくて頭もいい。年上の私が助けてあげるって思っていたのに、いつも間にか助けられてばかりだった。お互い兄様を失った寂しさを抱え、それでも後宮で頑張っているって思うだけで心の支えになってたの。今までは」


 キリンはセイショウを見つめた。しかしその目には今までのような親しさは全く感じられなかった。


「兄様は戦で死んだ。それはわかってる。でも……セイショウが『青琴の君』だって知った今、とてもそれだけじゃ割り切れない。セイショウと出会わなければ、兄様は無事に都に戻って来たかも。もう、私達の関係はこれで終わり。さようなら、セイショウ」


 キリンは想いをすべて言い切ると椅子から立ち上がった。痛い足を引きずりながらその場を離れて行く。


 ヨウヤは慌ててキリンを追いかけて歩くのを支えた。後ろをちらりと振り返りリコウと一瞬目を合わせると、その後は振り向きもせずにキリンと一緒に遠ざかっていった。


「おまえ達も、もう帰れ。おい女官、セイショウを連れていって休ませろ」


 リコウはシオンを見てそう命令すると、後は何も言わずに宴の会場の方へ戻って行ってしまった。



 リコウは宴の方へ足を向けたもの、とてもあの宴席に戻る気分にはなれなかった。そこで勝手に自分の部屋へ戻ることにした。恐らくこの不謹慎な行動にも皇帝やケイキは何も言っては来ないだろう。皇后は後から煩いことを言ってくる可能性が高かった。しかしもうそれは後で対処を考えればいい。少しでも早く一人静かな場所に行きたかった。



 リコウは部屋に戻ってきた。豪華な長椅子にごろりと横になると、天井に頭を向けた。さきほどキリンが口にしたことでカリュウのことを思い出す。


 リコウはキリンがカリュウの妹であることは知っていた。というよりも、幼い頃からカリュウのことを良く知っている。

 カリュウはコウ大将軍の息子で、ケイキやリコウの一歳年上だ。皇子達にはいわゆる“ご学友”と呼ばれる同じくらいの子供達が幼い頃に選ばれる。彼らは良家の子息であり、幼い頃から一緒に文事や武事を学ぶ、表向きは友人だ。普通皇子達にはそれぞれ友人となる子供が選ばれる。しかしケイキとリコウは同じ歳であったため、全員が二人の共通の友人として選ばれた。

 それでも、いや、だからこそケイキとリコウへの接し方には大きな違いが出ていた。いつも皇太子のケイキの周りは友人達で溢れ、誰もが親友になりたがっていた。それに対しリコウには誰もあまり興味を示す者などいなかった。


 そんな中でカリュウは異質な存在だった。カリュウはリコウにもケイキと全く同じ態度で接していた唯一の人間だ。武事はどれを取っても父親の影響か、周りの子供達の中で飛びぬけて優れていた。しかし文事も決して成績が悪くなかった。常に上位にいたとリコウは記憶する。

 そして驚くほど気さくにリコウに接してきていた。通常皇子に対しては意図的なのか、無意識なのか、どうしても少し距離を置いた関係になるものだ。しかしカリュウは不思議なほどケイキともリコウとも普通の友人のように付き合うことができた。そのため、なかなか心を開かないケイキでさえも、カリュウのことは頼りにしていたようだった。


 カリュウは家庭環境が特に優れているからそんな風な性格になれたのか、あるいはそれは本人の持って生まれた資質なのか。

 心の闇を深く持つことを自覚するリコウは、その答えを心から知りたいとさえ思ったほどだ。


 そんなカリュウが大人になり軍に入ったことは予想通りだった。しかし、下の位から入ったはずの軍の中で、わずか数年でその歳にしては恐ろしく早い出世を果たしていた。父親の力があったことはリコウも否定しない。しかしそれ以上に実力もカリュウにはあったはずだとリコウは思っている。


 もうどれくらい前のことになるのか。カリュウは辺境も街に出発する前、リコウにも律儀に挨拶にきた。


「正直言って、今度は隊長として行くことになったから自分には荷が重いよ」


 二人でいる時のカリュウはリコウとはただの友人だった。素直な気持ちをそんな風にリコウに話していた。


「妹のキリンがずいぶん心配症でね。今度の任務の場所がずいぶん遠い所なものだから、水には気をつけろとか、食事はどんな時でもしっかりとれとかとにかくうるさくて」


 確かそんなことを笑いながら話していたのも思い出す。




 リコウはそんな風に昔のことを次から次に思い出していた。すると、そこにセイヤがやってきた。


「リコウ様、申し訳ありませんでした」


 今日のセイヤは神妙な面持ちで、リコウの前の椅子に座った。


「一体何が?」


 リコウはいつもと変わらず、セイヤには目もくれず天井を見ながら声をかけた。


「リコウ様からはリンカに気をつけるよう言われていました。イキョウの方は注意しなくていいと。でも、結局リンカが計画したことを何ひとつ防ぐことはできませんでした」


「リンカは密かに女官に指示を出してやらせたはずだ。そんなものお前に防げるはずがない。妃候補達が宴前にどんな行動をとるのか、少し知りたかっただけのことだ。それともお前、今度は女官に扮して潜入するか?」


 リコウはこんな時でも冗談を言った。


「キリンの傷はどうだった?」


「ずいぶん深く切っていたようです。さらにあんなに走ったので傷口が開いてしまいました。医官には見せて処置をさせましたが、当分は安静にしていなくていけないでしょう。怪我による熱も出ていたようです」


「今回の宴は色々あったが、あの程度の嫌がらせは候補者同士必ず起こるものだ。ただ俺の一番の落ち度は、セイショウとカリュウとの関係を今まで全く掴んでいなかったことだ。カリュウはセイショウの住む街へ派遣されていた。少し考えれば、二人が出会っていた可能性は想像がついたはず。それでもセイショウが『青琴の君』であったことだけは、どれだけ調べてもわからなかったことだろう。今回、リンカもこのことは知らずに仕掛けたはずだ。今後この問題をどう皇后が収めるか、次に注視するのはその点になるな」


 リコウは冷静に今回の件を分析していた。セイヤもリコウの話を聞いて少し気持ちが落ち着いてきた。徐々にいつものセイヤに戻りつつあった。


「セイショウを助けるため、久々に人前で笛を吹いた感想は?」


「セイショウを助ける?全くそんな気はない。ただ『青琴の君』とかいう何の根拠もない迷信をガタガタ言うのが我慢できなかっただけだ。全く馬鹿馬鹿しい話だ。ずっと目立たないようにしてたのに、出て行ったのは失敗だったかもな」


 セイヤの“影”の仕事の目的は、妃候補達から情報収集をすることだ。ケイキが迎える妃を決定し今の地位をさらに盤石なものにするのを防ぐため、一歩先の情報が必要なのだ。

 今回の宴でケイキが特定の妃候補との距離を大きく縮めた気配は一切ない。これからも警戒を怠らないようにするだけだ。


「もう夜も遅い時間だ。これ以上の話は今度にしよう。お前も今日は疲れただろう。早く戻ってゆっくり休め」


 リコウはセイヤを気遣った。


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