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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 セイショウは一瞬ビクリと肩を揺らしリコウの方を見た。リコウは冷たく輝く黒い瞳に、早く琴を弾けという強い命令を込めてセイショウを見ていた。

 セイショウは琴の上に手を置いた。そしてすっと息を吸い込むと、自分でも不思議なくらい落ち着いて琴を弾き始めた。


 リコウはその様子を見て、自らも琴に合わせて笛を吹き始めた。


 辺りは先ほどの演奏とは打って変わって静かだった。皇族も臣下も引き続きセイショウが琴を弾くことを、許しがたい行為のように感じてはいた。しかし曲を皇太子に送ると言い出したのは第二皇子なのだ。皇太子の許しも得た今、それに抗議する者などいなかった。


 セイショウは自分の琴の音とともに、リコウの奏でる横笛の音を聞いていた。リコウの笛は、キリンが奏でた音と同じ笛から発しているとは思えないほど印象が異なっていた。

 大胆で力強くそれでいてやさしいその音は、セイショウの心をしっかりと捉えていた。セイショウは夢中になって琴を弾いた。


 その頃には宴の席にいる誰もが二人の演奏に魅了されていた。今やセイショウが『青琴の君』であることに気をとられている者はいなかった。


 曲の演奏が終わると、他の妃候補達のお披露目の時同様、いやそれ以上に盛大な拍手が送られた。

リコウは座ったままのセイショウを、引っ張り上げて隣に立たせた。そして皆が送る大きな拍手に対し、わざとらしい程深々とおじぎを返した。


 戸惑うセイショウを全く気にする様子もなく、リコウは人々に笑顔を向けていた。ケイキはその光景をひな壇からじっと見つめていた。しかしリコウはケイキには目も向けず、セイショウに早く舞台から降りろと命令を出した。


 二人が舞台から無事降りると、リコウはセイショウに向かって言った。


「今日はもういいからこのまま帰れ」


 その言葉を受けてセイショウはよろよろと宴会場を後にしようとした。しかしまだ心の動揺が激しいのか自分では歩けない様子であった。


「全く世話が焼けるな」


 リコウはセイショウの腕に手を入れると、そのまま引きずるようにして宴の外へ連れ出して行った。



 シオンは舞台から遠く離れた女官の待機所にいた。一連の出来事の間ずっとセイショウを、決して目を離すことなく見つめていた。

 リコウがセイショウを舞台から下ろし、宴の外へ連れ出すのが目に入る。シオンはセイショウの方に向かって駆け出していた。



 * * *



 キリンはセイショウが『青琴の君』だったことに激しい衝撃を受けていた。そして自分でもよくわからないまま舞台を降りると、どこへともなく駆け出していた。


 あまりの足の痛さにこれ以上走れなくなり、キリンはようやく足を止めた。気が付くと宴の席であった皇帝の庭を飛び出していた。そして池の近くの大きな柳の木の下にまで来ていた。そこには木製の腰掛け椅子がひとつ置いてあった。キリンはそこにとりあえず座ることにした。



 リコウの“影”として働くセイヤもまた、この一連の出来事を遠くから眺めていた。そして宴の舞台から我を忘れて駆け出して行くキリンを確認した。人目につかないよう注意しながら急いで追いかけて行く。


 すぐにセイヤはキリンがこれ以上走れなくなって椅子に座っているのを見つけた。

 宴が始まってからずいぶんと時が経っていた。日はすっかり落ち、辺りは薄暗い。道の所々に置かれた灯籠の明かりの外に、周りを照らしているものは全くなかった。


 セイヤは困った。このままキリンを一人、その場に放って置くわけにもいかない。セイヤは心を決め、庭師ヨウヤに心を切り替えた。そして椅子に座るキリンに近づいて行く。


「キリン様?こんな所にお一人でどうしましたか?」


 ヨウヤは驚いた様子を見せながらキリンに声をかけた。キリンの包帯の巻かれた足元を見る。キリンの右足は傷口が開いてしまったようで布の靴にまで血が滲んでいた。


「一体どうしたというのですか?今日は皇太子さまの宴にご出席のはずでは?それにしてもその足はどうしたのです?」


 ヨウヤはキリンの足元に跪くと、右の靴をそっと脱がせた。キリンは相当に痛そうな様子を見せた。しかしぶるぶると震えるだけで何も返事をしない。


「少しだけ我慢して下さいね」


 そう言うとヨウヤは懐から手巾を取りだした。そしてそれを足首から下に器用に巻くと最後にぎゅっと力を入れて端を縛った。


「圧迫されて痛いと思いますが止血のため仕方がありません。すぐに医官に見てもらわないと」


 ヨウヤは、さてこの後はどうするかと思った。その矢先、遠くにセイショウと彼女を支えて歩くリコウの姿が目に入った。そしてヨウヤが二人に気が付いたのと同様に、リコウ達もまたこちらに気が付いたようであった。


「キリン!」


 セイショウはキリンが目に入ったようで、リコウの手をほどくと一人キリンに向かって走り出していた。


 キリンはそれまで一言も話さず震えていたが、セイショウの声に反応した。


「セイショウ!こちらには来ないで!」


 セイショウはキリンまであと少しという距離で足をぴたりと止めた。その顔には衝撃と悲しみの表情が浮かんでいた。


 二人の後を追いかけていたシオンもまた、この時ようやく追い付いていた。リコウの隣に立ち、キリンの思いがけない言葉に息を飲んでいた。


「キリン……あの、私……」


 キリンにそう言われてもセイショウは足を止めなかった。キリンに声をかけながら、ゆっくりと近づいて行く。


「セイショウ、あなたが『青琴の君』だったなんて……。『青琴の君』は周りの人を不幸にする……。だから……だから……カリュウ兄様は、帰って来られなかったの?」


 セイショウはそれを聞いてぴたりと足を止めた。その場にいた全員がそれを聞いて凍りついた。


「セイショウ、あなたのことは初めて会った時から知ってたわ。カリュウ兄様からの手紙に書いてあったから。辺境の地でとても素敵な人に出会ったって。手紙に名前はなかったわ。でも後宮であなたに偶然会って、絶対兄様が言っていたのはセイショウ、あなただと思ったわ。戦が無事終わったら、結婚を申し込みたいとも書いてあった。なのに……なのに……兄様は戻って来なかった……」


 セイショウはそれを聞くとその場に座り込んでしまった。


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