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妃候補達も予め決められた順番通り、次々と自分の芸を皇太子のお祝いに披露していった。
妃候補は皆それぞれ、できる限りの時間を費やして準備を重ねたようで、どの妃候補も甲乙つけがたい素晴らしい仕上がりになっていた。
セイショウはそれらの様子を見ながらもキリンをどうしたらいいか思案していた。もう舞を踊れないのは言うまでもない。しかし何も披露しないというのも、理由があるにせよ問題だった。
それに今回の宴には皇帝の臣下達も招待されていた。セイショウの父は地方の県令なので招待はされていない。しかしキリンはセイショウに気を使い、父親がこの宴に招待されているなどと決して話をしてはいなかったが、キリンの父親が招待されている可能性は大いにあった。
一度後宮に妃候補として入宮すれば、たとえ自分の娘であってもそう簡単に会えるということはない。ましてこのような宴の席で、娘が皇太子のために芸を披露するというのであれば、親心としてその晴れの姿を楽しみにしているはずである。
それが実際には、娘が宴で何も披露をせず、その理由が足に大けがをしたためだと知れば父親はどんなに心を痛め、心配することだろう。
セイショウは自分の出番がくるまで自分の演奏のことは脇において、必死でキリンのことを考えていた。すると出番を間近にしていい案が思いついた。
「ねぇ、キリン良く聞いて」
セイショウは、隣の席の、足がひどく傷むのか怪我を負わされた動揺からか、全く料理には手をつけていないキリンの方に顔を向けた。
「突然だけど、もうすぐ私の出番が回ってくるわ。そうしたら、どう?私と一緒に何か曲を演奏しない?楽器の演奏なら座っていても何とかできるでしょ?」
セイショウは提案をした。
キリンはセイショウの話すことがよく理解できないのかぼんやりした顔をセイショウに向けた。そして少し何かを考える様子をみせて答えた。
「でも私……。楽器なんて今まで何も練習して来なかったのよ。舞だけに集中していたんですもの。突然、曲を披露しようと言われても……とてもできそうにない……」
「だから一緒にやろうと提案しているの。皇帝陛下の通達には妃候補が一緒に披露してはいけないとは書いてなかったわ。キリンはいくつか楽器ができるでしょ。私と一緒に演奏すれば、もしキリンが演奏中に誤ってしまったとしても、私が何とか補うわ」
セイショウはキリンを何とか説得しようと必死で説明をした。
「でも、何の曲を演奏しようというの?難しいのは到底無理よ」
キリンはセイショウの話が飲み込めたようではあったが、まだ消極的で気持ちを決めかねているようだった。
「……そうね。『桜の精』はどうかしら?連日舞の練習で曲は頭に入っているでしょ。舞ではとても難しい演目だけど、曲自体の演奏はそんなに難しい方ではないわ。横笛はどう?主旋律だし、笛の初級の練習曲になっている」
「うん、私、小さい頃によく笛で練習をした。でも……」
セイショウはキリンの手を取った。そしてにっこりと笑顔を見せて何とかキリンを安心させようとした。
「大丈夫。小さい頃練習していたなら、きっとできる。今日はケイキ様のために開かれた宴なんだから。その気持ちを頑張って表せられればそれでいいの」
ようやく、キリンもそれを聞いて心を決めたようだった。
「誰かキリンの為に、横笛を貸してもらえないかしら?」
セイショウは周りの妃候補達に声をかけた。
妃候補達はセイショウとキリンのやりとりを密かに聞いていたようだった。そして普段は決して親切心などみせない候補者達も、今回のキリンの怪我にはかなり同情していたようで、一人の候補が声をかけてくれた。
「どうぞ、私のを使って」
セイショウとキリンは感謝の言葉を口にした。
いよいよセイショウの番が近くなりセイショウとキリンは預けてある楽器を受け取りに行った。
すると突然楽器を取りだそうとした女官が小さな悲鳴を上げる。二人は声の方に思わず目を向ける。 何とそこには信じられない光景があった。
セイショウの二胡の弦がばっさりと切られていたのである。
「一体どうして……。ここに二胡はずっとあったはず。私は触っていない!私ではないわ!」
その女官は懸命に自分がやったのではないと繰り返した。
セイショウもキリンも全く考えてもみなかった事態に呆然とした。
すると背後から、リンカが声をかけてきた。二人が振り向くと、この後に芸を披露する予定の妃候補達がリンカと共に何人かそこに立っていた。
「あら、二胡の弦が切られるなんて、セイショウあなた、誰かによっぽど恨まれるようなことをしたのかしら。それにしても、よりによってこんなときに仕返しをされるとはね」
キリンは怒り露わにして一歩足を踏み出すと、涼しい顔をしているリンカを強く睨みつけた。
「セイショウが恨まれるはずないわ。これは誰かがセイショウの演奏を邪魔しようと意図的にやったのよ!」
「それなら、誰がやったというの?妃候補達はみんな席に着いていたか、舞台で何かを披露していたかしてたのよ。まぁ、でもそんなに慌てて悲観することじゃないでしょ。私、セイショウは街では琴の名手だって言われていたってどこかで聞いたわよ。こうなってしまったなら、二胡はさっさと諦めて琴を弾けばいいじゃない。そもそも何でそんなに琴が上手なら、琴を披露することにしなかったのか。私にはそちらの方が気になるわ」
キリンが自分を睨みつけているのも全く気にせず、リンカはそう答えた。キリンはその話を聞いてセイショウの方へ振り返った。
「セイショウ、そうなの?琴が弾けるなら、この際琴を弾くしかないんじゃないかしら。考えている暇はもうないし。私も、セイショウがいないと一人ではとても演奏できないわ」
セイショウは青い顔をしたまま、考えあぐねているようだった。
「セイショウが急遽、琴を弾くと言うのなら、私の琴を貸してあげてもいいわよ」
そこへ横からイキョウが声をかけて来た。イキョウはさきほどからリンカやキリンのやりとりを黙って見ていた。そしてこれは、セイショウへの嫌がらせであることは明らかで、恐らくリンカがやったのではないかと考えていた。
イキョウにはセイショウには、かわいそうだとか、助けてあげたいとかいう同情の気持ちは全くなかった。ただ、それにしても今回リンカはやりすぎだと感じていただけだ。イキョウは先ほどから、キリンの怪我はリンカの仕業ではないかと考えていた。その矢先にこの出来事に遭遇したのだった。
このイキョウの申し出には周りの妃候補達も、女官達も大いに驚いた。イキョウが誰かを助けるというのも珍しいことだが、それよりもイキョウの持参した琴は、国宝級と言ってもいいほど貴重な名品だったのだ。そのような高価で価値ある品を、いとも簡単にセイショウに貸すとイキョウが言い出したことで、皆言葉を無くしていた。
もう時間がなかった。
セイショウがどうするか返事をしなかったため、女官達は困っていた。そこへ宦官からセイショウの番だと声がかかる。焦った女官二人はセイショウの答えを聞かずに、イキョウの琴を舞台へと運んで行った。
「セイショウ、やってみよう。『桜の精』は琴と笛でも合わせられる。二人でだったら失敗しても怖くない」
先ほどまでとは立場が逆転してキリンがセイショウを鼓舞していた。




