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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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19

 後宮内の妃候補達がそれぞれに思いを抱えて、いよいよ皇太子のための宴の日を迎えた。


 宴は夕方から夜にかけて行われることになっていた。それなのにシオンは朝から落ち着かなかった。


 セイショウは結局、宴で着る着物を実家には作ってもらうよう頼まなかった。舞でも披露するならともかく、二胡を弾くのに衣装は関係ないというのがセイショウの言い分だった。


 しかしシオンにはセイショウが、実家に負担をかけたくないと思っていることはよくわかっていた。

 それにもし仮に、セイショウが宴に出るのに必要な豪華な着物を誂らって欲しいと文を出したとしても、正直なところ、ここ後宮で他の妃候補達に負けないような豪華な着物を実家で用意できるとは到底思えなかった。

 そういうわけで、後宮の衣装部が用意した、幾分普段よりは華やかという程度の着物を来て出席することになっていた。


 シオンは届いた着物を見た時に、わかってはいたこととは言え、着物では皇太子ケイキの目を留めるのは難しいだろうと思った。それならばと、一緒にセイショウ付きの女官をしているヤオと相談して髪形を工夫をすることにした。


 シオンとヤオは、セイショウの世話の手が空いている時に、密かにお互いの髪の毛を実験台にしてずいぶん色々な髪形を試してみた。

 髪飾りもまた着物と同様、少々華やかと言った程度のものしか衣装部から借りられなかったので髪の毛の編み込みに工夫をすることにした。

 はっきり言ってシオンもヤオもそれほど器用な人間ではなかった。それに普段自分の髪形に特にこだわったりしたことなどない性格だったので、これには苦労の連続だった。


 シオンはキリンが普段からとてもかわいらしく髪を編み込んでいるところを何度も目にしていた。そこでそれを参考に、ヤオの髪で再現しようとした。しかし思った通りにはそう簡単にできるものではなかった。あれこれ髪をいじったあげく、終いにはヤオの髪を引っ張りすぎて髪が抜けるとヤオに泣きつかれてしまうような有様だった。


 そんな二人ではあったが一週間ほどの密かな練習により、自分達ではなかなかいいのではないかという髪形に辿りついていた。

 二人は後宮で再会した時に、自分達のできる範囲で精いっぱいセイショウを支え会おうと誓っていたので、今回はこれがシオンとヤオの精いっぱいのセイショウへの応援だった。


 お昼の食事が普段通り終わると、いよいよセイショウの宴の準備を二人は始めた。


 二人は練習の成果を見せるとばかりに得意げに、セイショウの髪に美しい編み込みを入れた髪形を作った。ふんわりとやわらかく入れたその編み地は、この日初めてセイショウに施したものであったが、自分達の満足のいくなかなかいい出来栄えに仕上がった。


 セイショウは二人がこのような髪型を作ったことに少し驚いたようだったが、とても喜んでくれて感謝の言葉を口にした。


 それから次々に髪飾りを髪に挿して髪を更に華やかにしていった。しかしこれでいいだろうとシオンは思ったその時、セイショウは少し言いずらそうに、しかしはっきりと白い石の簪も目立たないようにで構わないので髪に挿してくほしいと付け加えた。

 シオンはそれには何も言わず、セイショウの希望通りにカリュウからの最初で最後の贈り物のその簪を、調和を考えながら髪飾りの間に挿してあげた。




 午後の日が西に少し傾きかけた頃、シオンとセイショウは少し早めに宴会の開かれる皇帝陛下の暮らす皇宮の庭へと向かった。セイショウはケイキへの贈り物として自らが刺繍をした腰帯を包んだものを、シオンはセイショウが演奏に使う二胡を手にしていた。


 宴会の場は、たくさんの女官達が準備に追われていた。飾りをつける者、御馳走を運ぶ者、お酒の準備をする者。そしてそれらをひとつひとつ点検する宦官。


 とても忙しそうに人々が行き来する中、奥の一角に、もうすでに何人かの妃候補達は到着していて、互いに着物を褒め合ったり、今日披露するものについて話したりしていた。


 シオンは二胡を、セイショウもまたケイキへの贈り物を係の者に預けた。

 皇太子へ誕生日の贈り物は相当数に及ぶため、一人ひとり手渡しというわけにはいかない。予め一括して係の者が受けとり、後に皇太子へと渡されることとなっていた。


 シオンとセイショウはすべきことを済ませると、キリンの姿を探した。


 しかしキリンの姿はまだないようであった。

 セイショウは他に親しい妃候補もいなかったので、シオンとあそこの御馳走はおいしそうだとか、あの飾りは素敵だとか、他愛もない話で時間を潰しながらキリンを待った。


 そろそろ妃候補達も席について皇帝や皇太子を迎えなければならないという時間が近付き、まだ来ないキリンにセイショウもシオンも心配になった。


 その時、キリンが青い顔をし、付き添いの女官に支えられながら宴会場に姿を現わした。


 セイショウもシオンもキリンに駆け寄る。


「セイショウ、私どうしよう……。舞が踊れなくなってしまったの。あんなに練習してたのに……」


 セイショウもシオンもキリンの話す意味をすぐに理解した。


 キリンはどうやら足先を怪我しているようであった。包帯が何重にも巻かれ右足だけが左の足よりかなり大きくなっていた。それでもキリンにしては大きな靴をなんとか苦労して履いて体裁を整えて来たようであった。


「午前中、最後の確認に舞の衣装をすべて着てみることにしたの。頭の先からつま先まで。そうしたら……。そうしたら……。靴に硝子の破片が入っていて……」


 シオンは胸が締め付けられる思いがした。今日履く予定の舞用の靴に硝子の破片が入っているなどありえないことだ。誰かが意図的に入れたに違いない。


 一体誰が……


 シオンが怒りで頭がいっぱいになった時、妃候補達は全員席につくように指示がだされた。

 シオンはキリンにこの話をもう少し詳しく聞きたかったが、女官達は宴の一番端、一番後ろの方で待機するように宦官から言われ、その場を無理やり追い出されてしまった。

 そして遠くに、セイショウがキリンを隣で支えながら席の方へと移って行くのが見えていた。


 セイショウの隣の席に何とか腰を落としたキリンであったが、その顔は未だに青かった。

 セイショウはキリンの足の傷がどの程度であるのかも心配だったが、今はそれよりもキリンを落ち着かせる方が先だと心の中で思っていた。


 キリンは席に着いても、全く落ち着く様子がなかった。それも無理がない話ではある。宴の当日に靴の中に硝子の破片が入っていたのだ。誰かが意図的に入れたであろうことは疑いようがない。

 その上、よりによってキリンは曲の演奏などではなく、舞を披露する予定だったのだ。むしろ舞を踊らせないようにするために、硝子の破片を靴に入れたと考える方が正しいのかもしれない。

 とにかく、そのような行為をした人間がどのような意図でこんなひどい行為に及んだにせよ、その足でキリンは舞など踊れるはずがなかった。この宴の場まで何とか来たことだけでも、相当の無理をしているはずであった。




 同じ頃、第二皇子のリコウは宴会場へ向かうため、宮殿内の廊下を一人歩いていた。


 その時小さな声で柱の陰から声がかかる。


「リコウ様」


 セイヤであった。


「何だ?」


 リコウは表情一つ変えず同じく小さな声で答えた。


「申し訳ありません。妃候補に問題が起こりました」


 セイヤは報告をする。リコウは黙って話の続きを待った。


「コウ大将軍の娘のキリンが足に怪我を負わされました」


「どのくらいの怪我だ?」


「詳しくはわかりませんが、硝子の破片を踏まされたようです。それでも宴の場には出席しています」


「そうか」


 リコウはそう答えるとそれ以上は何も答えずに、宴会場へと足を向けた。


 キリンが怪我をしたと聞いてリコウは、硝子の破片を踏まされたくらいで済んだのなら、邪魔をするにしてはかわいいものだと思った。本気で何かを仕掛けようとするなら、その程度で済むはずはない。しかも、犯人の目星は聞いた時にすぐに浮かんだ。おそらく、左大臣の娘、リンカであろう。

 あの娘なら色々妃候補たちに小細工するわりに小心者で、あまり大きなことをしたりはしない。それにセイヤの報告ではキリンとリンカは同じを舞を披露することになっていたはずだ。

 恐らく用心深いリンカのことだから、自分では手を下してはいないだろう。人にやらせただろうが証拠も今後一切出てくることないはずだ。



 リコウが宴の席に到着すると臣下や妃達、第三皇子のスジンや第四皇子のリレンの他、皇后や皇太子も席に着いていた。


「皇帝陛下がいらっしゃる前に辿りつけて良かったですこと」


 リコウは皇后からの嫌みにも全く気にした様子を見せず笑顔で返答をした。


「全くです。間に会って良かったです。ケイキ様この度はお誕生日おめでとうございます」


 ケイキもこのようなやりとりにはうんざりだという顔をしながらうなずいた。


 するとちょうどそこに皇帝が姿を現わし、宴は盛大に始まった。


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