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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 シオンは講義の帰り道、セイショウとキリンの後について歩いていた。


 今日の二人の帰り道の話題は、今度の皇太子の誕生日の祝いの宴で何を披露するかということだった。


「私は色々考えたけど、やっぱり舞を披露することにする」


 キリンはそう言うとその場でくるりと回転してみせた。


「体を動かすことが大好きなの。だから舞のお稽古って大好きでね。ここに来るまでは結構真剣に習ってたのよ。うまい下手は別にして」


 キリンは手をひらひらさせながら、にっこり笑ってそう話した。


 シオンはそんなキリンを見て、宴の席でキリンが美しい衣装に身を纏い皇族達の前でかわいらしく踊ったら、さぞかし愛嬌があって好評だろうなと想像した。


「あとは演目よねぇ。お祝いなんだからそれ相応のものでないとね。それから衣装。練習用のものならあるんだけど、宴で着れるような衣装は後宮に持って来なかったから。実家に文を出して用意してもらわないといけないわ」


 キリンは浮き浮きした調子でそう話した。さらにキリンは小さい頃から宴の類が大好きだったと言う。


「実家では年に何回か、父が仕事関係の人たちを招待して宴を開いてね。お酒や御馳走が並ぶのを見て心を弾ませたものよ。それから芸妓が呼ばれて来ることもあったわ。彼女達の着物ってほんとうに華やかで。子供ながらに憧れたわ。友達と芸妓ごっこをして遊んだくらい」


「それじゃ、キリンは宴にも参加できたの?」


「まさか!子どもはあっちに行っていなさい、で終わりよ。宴が始まると自分の部屋に無理やり帰されちゃうの。でも宴が始まる前、準備の段階ってたくさんの人が家に出入りしてね。それを見て心が弾んでうろうろしてたわ。今から思えば大人の邪魔ばかりしていたわね。お母様にもよく怒られたわ」


「そうよね。私の実家でもお花見の宴なんかは開かれたわ。大人達はたくさんお酒を飲んで楽しそうだったわ」


 セイショウも子供の時のことを思い出してそう言った。


 シオンも同じように子供の時のことを思い出していた。宴会が始まると、ルリと一緒に戸の隙間からそっと覗いたりしたものだった。


「ところでセイショウは今度の宴で何を披露するつもりなの?」


「そうね。私は二胡を演奏しようかと思ってる」


 シオンはそれを聞いて複雑な思いになった。セイショウは楽器の演奏だったら圧倒的に琴が一番素晴らしいのだ。だが残念ながら人前では弾けない理由があった。


「うん、なるほど。確かにセイショウは二胡をとても上手に弾くものね。この前の二胡の講義ではセイショウが一番上手に弾けてたわ。みんな聴き惚れてたわよ。妃候補達は悔しくてセイショウのことを素直に褒めなかったけど」


 キリンは納得した様子でそう答えた。


「それにしてもセイショウの二胡の演奏って何ていうか、胸に迫るものがあるわよね。音はそう絹のように美しいわ。柔らかくって艶があって、滑らかで。それから何といっても色。セイショウの弾く二胡って月のような色が出るわよね。黄色っぽいと思ったら白っぽくなって、更に赤っぽくもなる」


「そんなに褒めてくれても何も出ないわよ」


 セイショウは笑って答えたが、シオンは心の中でキリンの言う通りだと思った。

 セイショウの二胡はその言葉通り、高価な絹のようで夜の月のようなのだ。


 しかしシオンは知っている。本当に美しいのはセイショウの琴なのだ。セイショウの琴の音は二胡が絹のようと言うのなら、琴はまるで水のようだった。透明感があって流れるようで。冷やりと冷たいと思ったら、ほんわか人を温かくする。そして色は……夜の湖のような深い青色を放つのだった。


 琴の音が青い女性――『青琴の君』


 人々が忌嫌う恐ろしい女性のことをそう呼ぶ。琴を弾く時に青い色を放つ女性は周りの人々を不幸にすると言う。


 シオンは小さい頃からそんな迷信のような話を何度も耳にしてきた。しかしセイショウの琴を聞いて自分に不幸が降りかかったことなど一度もない。

 

 しかし、人々は本気で恐れているようだった。人を不幸にした女性の話などが出てくると、「彼女、実は『青琴の君』なのかもしれないよ」と普通に会話に出てくるのを耳にする。

 シオンはその言葉を聞く度にいつも心の中でどきりとした。


 さらに両親はさすがにそんなこと信じないと幼いシオンは思っていたが、実際にはセイショウに人前で琴を弾くのを禁止していた。琴を弾くこと自体は禁止しなかったが、家で弾く時は自分の部屋で誰もいない時に限ると言い渡していた。そのため、セイショウが『青琴の君』であることを知っているのは、家族以外には使用人のマオの母親とマオだけに限られていた。



 シオンが琴の事に気を取られている間、キリンとセイショウは話を演目の方へ移していたようだった。


「やっぱり、この季節だもの。桜の演目がいいわよね。桜ってすごく華やかで美しいからお祝いの宴にぴったりだと思う」


「でも他の妃候補達と重なってしまうかもしれないわ。この時期なら皆考えそうな題材だわ」


「確かに。だから私は『桜の精』を演目にしようと思うのよ」


 キリンが言う『桜の精』は舞の演目の中ではひと際難しいとされていた。さすがキリンは舞が大好きだというだけのことはあった。好きであるだけでなく、かなり上手であるということの証だ。


「セイショウは?」


「少しよく考えてみるわ。あまり時間はないけれど、今これという良いものが思い浮かばないから」


「そうね。今すぐ決めることないわね。良く考えて。でも大丈夫。セイショウならきっと二胡で一番注目の妃候補になるはずだから」


 キリンとセイショウはそんな話をして道を別にした。


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