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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 左大臣の娘リンカが宴に向けてあれこれ策略を巡らしている頃、右大臣の姪のイキョウもまた皇帝からの通達を受け取っていた。

 イキョウはその通達に一通り目を通すと、これは面白いことが起きそうだと不吉な頬笑みを顔に浮かべた。

 書簡によると宴までの日数はあまりないことがわかったので、イキョウは急ぎ宴に出る為の準備に取り掛からなければならなかった。


 しかしよく考えると、今頃同じように実家にもこの通達のことは耳に入っているはずであった。主要な役職についていない父には直接皇帝からの通達など届くはずはないとわかっていたが、伯父のところには間違いなくこの通達は届いているはずであった。そしてあの伯父がこの宴を重要視しないわけはないと思われた。

 イキョウには伯父が父に向かってこの宴の為の準備をあれこれ細かく指示している様子が目に浮かんだ。となるとイキョウがいろいろと考えを巡らす必要はないだろう。伯父の指示に従って着物や装飾品を身につけ出席すればいいことだ。


 宴には花を添える何か芸事を披露するようにも書いてあった。イキョウはそれについても考えてみたが、何を披露してもいいと思われた。イキョウは一通りどんなことでも、舞でも何か楽器の演奏でも人並みにはできた。他の妃候補者達が何をするのかを見定めてから決めればいいという結論に達する。

 このようなお披露目は別に飛びぬけて素晴らしい芸を披露しなければならないということはないと思われた。恥ずかしくない程度に披露すればいいのだ。そんなものは本来、踊り子でも演奏家でもそれを仕事にしている女に任せればいいことだ。それに皇太子妃にそんなことを皇帝や皇后が本気で望んでいるとはとても思えなかった。


 イキョウは半刻も満たない間に宴の準備について自分の中で解決してしまったことで、このことを頭の中から切り離しお茶にでもしようかと考えた。


 すると突然、女官から第二皇子のリコウが来訪したことを告げられる。



 イキョウは急いで家の入口へと向かうと、リコウを恭しく出迎えた。


「ご機嫌よう。リコウ様。リコウ様が私のような者の所にお出で下さるのはずいぶん久しぶりのことですね」


 イキョウの話し方はどこか棘のある冷たいものであった。


「イキョウ、おまえは相変わらずだな。まぁイキョウはそうでないとつまらないが」


 リコウはイキョウの話し方に全く気にも留める様子もなく奥の部屋へずかずかと入って行った。そしてまるでそこが自分の部屋であるかのように勝手に窓際に置かれた長椅子に腰かけると、ひじ掛けにひじを付き、足を組んで寛いだ。


 イキョウは女官にお茶の準備を指示すると、長椅子の向かいの椅子に腰をかけた。


「ところで今日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」


「ずいぶんと失礼な物言いだな」


「リコウ様が用もなく私の所を訪ねてくるはずがございません」


 リコウはふふっと声を出して笑った。


「まぁ、そう言うな。今日は皇帝が出した通達のことでイキョウに話でも聞こうかと思って訪ねたまでだ。もう読んだだろ?」


「ええ、つい先ほど。ですがどのようなことを私にお聞きになりたいのでしょうか。私に何かお話できるようなことなどないように思われますが」


「今度の宴会でおまえは何か仕掛けるかということだ」


 イキョウは少し間そのことで考えを巡らした。


「いえ、正直に申し上げまして今のところ何も考えていませんでした。今回の宴は皇帝陛下が皇太子の妃候補達を見極めたいというご意向であるとは思いますが、この宴の後すぐに皇太子妃を決定するとも思えませんでしたので。もちろん有力な臣下達も参加させて宴を開くのですから、ある程度妃候補者達の中から納得のいく者だけに今回の宴で絞るということはあるかもしれません。それによって脱落者が出るかもしれませんが、私が関わる必要は今回ないと思います」


「なかなか的確な判断だ。自分は最終候補に絞られるまでは必ず残ると踏んでいる」


「ええ、そうでないと私も伯父も困りますので」


「すごい自信だな。今回の宴に関してはごちゃごちゃ妃候補者達が下手な策略を巡らしていそうだから少々気になってね。こちらとしては今回の宴で誰であれ皇太子妃に王手を懸けられては困るという事情もある。今の話で今回はイキョウに対しては注視しなくていいと判った。話はそれだけだ。それではお暇しよう。」


 リコウは長椅子から立ちあがった。


「今、お茶の準備をさせておりますが」


 イキョウは用件さえ済ませるとさっさと帰ろうとするリコウ対しリコウの方こそ相変わらずな人だと心の中で思った。


「いや、またの機会にしておこう。はっきり言ってイキョウ、おまえとお茶をしたところでその間、お互い話すことなどないだろう」


 リコウは言いたいことを配慮なくはっきり言うと戸口の方へと向かった。


 イキョウもそれ以上は何も話さずに戸口までリコウに付いて行くと別れの挨拶を済ませようとした。


「そうそう、スジンとは最近も宜しくやっているのか」


 帰り際、リコウはふと思い出したように話題をイキョウに振った。


「リコウ様にお話するようなことではございません」


 イキョウはこれには内心かなり動揺していたが、努めて顔に出さないように何とか返答をした。


「そうか。それもそうだな」


 リコウは特に気分を害した様子でもなく不敵な笑顔をイキョウに向けるとそのまま立ち去って行った。




 嵐のようにあっという間にリコウが去って行った後、イキョウは疲れがどっと出てさきほどリコウが座っていた長椅子にぐったりと腰をかけた。そして女官にお茶を持ってくるよう指示を出した。


 イキョウは自分が性格の悪い人間であるということは、人に言われるまでもなく、しっかりと認識している。しかし今日改めてリコウに会ったことでリコウの恐ろしさには自分も到底敵わないと改めて自覚した。


 リコウは宮廷を象徴するような人物だ。嫉妬や妬み、恐れ、執着、裏切り……数え上げたら切りがないほどの悪い感情の中を何とか潜り抜けて育ってきた、ある意味悲劇の皇子である。

イキョウはリコウが今まで経験してきたであろう恐ろしい体験をすべて知っているとは言えないまでも、伯父を始めとする周りの人たちの話や現在の状況からいくらか推測することはできた。


 第二皇子リコウは皇太子ケイキとは異母兄弟である。ケイキが皇太子として王道の道を歩んできたのに対し、リコウは棘の道を歩んできた。


 リコウの最初にして最大の悲劇は十五年ほど前、実母であるショウカ次妃が亡くなったことだ。現在、リコウには母親が同じ弟、第四皇子のリレンがいるが、その皇子をショウカ次妃は産んだ直後、謎の死を遂げてしまった。

 ショウカ次妃はその当時特に健康上問題はなかったと言われている。もちろん、子供を産むというのは女性にとって危険の伴う大変なことではあるが、ショウカ次妃には二度目の経験であり、リレンが生まれるまでは特に問題はなかったとされている。

 そこで人々が注目したのはショウカ次妃がその当時皇帝からの寵愛を一身に受けていた妃であったということだ。寵愛を受けた妃であったショウカ次妃が皇后になれなかったのは一重に後ろ盾が弱かったためだ。

 ところが、リコウはケイキと同年生まれの皇子であり、さらにリレンという男の子がショウカ次妃に生まれたのだ。これに皇后が危機を抱かないわけはなかった。そのため、皇后が密かにショウカ次妃を毒殺したというのが暗黙の定説である。

 もちろん証拠などは一切なく推測の域をでない仮説ではあったが、皇后の性格や状況を考えると、この説はかなりの説得力をもつのも理解できる。


 リコウはその時わずか八歳だったと計算できる。母親を亡くし頼りになる後ろ盾もないこの皇子が赤子だった弟と共に無事に今も生きているということは、リコウ自身の賢さが功を奏していると言える。

 リコウは母親亡き後、宮殿で影のように存在を消して生活していたし、現在十五歳になっているはずの弟のリレンに至っては、ほとんど誰も目にしたことのないほど表に出てこない。



 しかしイキョウはリコウがビクビクといつか自分も母親と同じように殺されるのではないかと恐れながら生きてはいないことをよく知っている。

 今日会った限りでも、恨みを持っているはずの皇后や皇太子に何かをするということはなさそうではあったが、しっかりと宮廷内のことは把握しているようであった。


 イキョウはむしろ知りすぎているという恐怖さえ感じた。


 帰り際リコウはイキョウにスジンの名を出してきたのだ。スジンは第三皇子である。ケイキやリコウとも異なる母を持つ皇子であるが、出世も名誉も何も考えていないお気楽に育った皇子だ。

 ケイキはめったにイキョウの元に訪ねてくることはなかったし、後宮では時間だけはあり余っているのだ。スジンとはたまに会う程度の仲であった。スジンの方も同じく暇潰し程度の相手だとイキョウを思っていることだろう。そうは言っても皇太子妃候補と第三皇子が密かに会っているなどというのが発覚すれば大問題だ。最悪の場合、死刑までありうる重罪である。

 後宮内で隠し事は一切できないとは言われているが、二人は細心の注意を払って会っていた。ところが先ほどリコウにいとも簡単にこの事を言われてしまったのだ。リコウの言い方にはずいぶん前からこの事を知っていたような節もある。

 リコウが今さらこの事を公にするとは思えなかった。しかしもう遊びはこれまでだとイキョウは自覚した。スジンに会えば宮廷内のことも色々聞けてなかなか便利ではあったが、危険を冒してまでして得られる価値のある情報などはない。


 イキョウはリコウが帰った時、あんな恐ろしい人、二度と訪ねて来ないでほしいと本気で思った。しかし今少し気分が落ち着いてくると、リコウは実のところ警告をしに来たのかもしれないと思った。

 今度の皇太子の祝いの宴を掻き回わさないようにということと、スジンとの秘密の関係のことを。

 前者の方はイキョウが今回の宴では何もしないと言ったのでそれ以上リコウも何も言っては来なかった。後者の方は――そろそろ潮時だということだ。

 イキョウは自分の解釈が合っているか確かめようもなかったが、最終的にリコウがここを訪ねてきたことはそんなに悪いことではなかったのではと感じた。そして次に訪ねて来た時には、次があればということだが、お茶くらいは急いで出さないと思った。


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