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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 その夜、シオンは落ち着かなかった。ルリとはセイショウにさえ先ほどのことは話さないと約束をしたものの、セイショウの髪に挿さった白い石の簪をついつい目で追ってしまっていた。

 しかしシオンがそれほどまでに気になる簪ではあったが、家族を始め使用人達はセイショウの新しい簪に一人も気がつく者はいなかった。


 シオンは自分ではあまり自覚がなかったがセイショウの周りを必要以上にウロウロしていたらしい。遂にセイショウから話し掛けられてしまった。


「シオン、何?何か用があるの?」


 シオンはびくりとして、それからおずおずとセイショウに近づいて行った。


「あのね、セイショウ。その白い石の簪……」


 シオンはルリと約束したばかりなのにセイショウに簪について話を切り出していた。

 それに対してセイショウは少し驚いたような顔をした。しかし新しい簪だったので目に入ったのだろうと思ったようだった。


「ええ、これ新しい簪なの……」


 セイショウはそれ以上答えなかったがシオンはそれに黙っていられなくなり、ルリとの約束をいとも簡単に破るとついにセイショウに話をし始めた。


「その簪ってカリュウ隊長がくれたんでしょ」


 これにはセイショウも相当驚いた表情をした。


「……どうして知っているの?」


「だって見てたんだもん。ルリと一緒に。セイショウ、夕方雨が降って来た時、カリュウ隊長と二人で雨宿りしたでしょ。私達あの時その……向かいの軒下にいたの」


 いつも冷静なセイショウも絶句した様子で返答に困っていた。


「それじゃ……私達のやりとりを二人は反対側で見ていたって言うの?」


「……うん、カリュウ隊長がセイショウに口づけするまでは」


 シオンは何もかも全て話してしまった。セイショウは少し顔を赤くしてシオンの方を見た。


「ねぇ、セイショウはカリュウ隊長のことがいつから好きだったの?私全然気が付かなかった」


 いつも感情をあまり表に出さないセイショウだがその時は少し戸惑っているようだった。


「それは自分でもよくわからないわ。今日この簪を彼から貰ってすごくうれしくて、ああ私はカリュウさんのことが好きなんだなって自覚したような気がしたけど、でもたぶんそれは違う。初めて会った時から惹かれていたんだと思う」


 セイショウがこんな風に自分の気持ちは話すことは滅多にないことだ。それだけにセイショウが自分の気持ちを素直にシオンに打ち明けたことで、シオンはもう居ても立っても居られないほど俄然二人のことを応援したい気持ちで胸がいっぱいになった。

 セイショウは昔から全貌の的であり、色々な人から告白をされたり、婚約の話が持ち上がったり、その手の話が尽きることはなかった。しかしセイショウはそれらの話に興味を示したことはこれまで一度としてない。両親もいろいろな方面からもらう話に少しでも良いところにセイショウを嫁がせたいと親心から条件の良い話だとセイショウに相手と会ってみたらと勧めてもいた。しかしセイショウはそういう話を迷うことなくすべて断っていた。


 そんなセイショウが会った時からカリュウには惹かれていたと言う。


 シオンもセイショウのお相手がカリュウなら大賛成だった。シオンが知っている限りでもカリュウは大らかでとてもやさしい人だ。軍でも部下達から信頼を寄せられていたし、統率力もある。


 シオンはセイショウの気持ちを聞いて安心すると、カリュウからもらった白い石のついた簪が気になってセイショウに見せてくれるように頼んだ。


「何でもない普通の簪なの。私が普段挿している簪とあまり変わらないわ。カリュウさんも自分で言ってたわ。道を歩いてて呼びとめられた行商に、彼女に一本如何ですかと持ちかけられてつい買ってしまったものなのだと。都に居ればもっといいものが買えたはずだけど、ここではどこで簪など買っていいのかわからなかったし、そもそも簪の良し悪しなんて自分には全くわからなくてって」


 確かにシオンが見てもその簪は特に特徴もない普段使いの簪だった。


 しかし、そんな話をするセイショウは少し恥ずかしそうで、それと同時に今まで見たこともないくらいとてもうれしそうだった。


「むしろ普段使える簪で良かったの。これなら毎日髪に挿せるでしょ」


 セイショウはシオンからその簪を返してもらうとすぐに自分の髪にそれを挿し直した。


 シオンはセイショウに軒下で見ていたことを話して良かったと思った。ルリには後で怒られそうだったが、セイショウの気持ちがこんな風に正直に聞けて自分のことのように幸せな気持ちになった。




 それから数カ月後、国境の川沿いで大規模な戦闘が発生した。


 両国の衝突が始まった頃は小雨だった天気も、数刻後にはこれ以上ないくらい最悪な天候となり、大雨の中強風が吹き荒れ始めた。

 あまりにひどい気象状態に戦いは半日ほどで終焉を迎えることとなった。この時、国境線はそれまでの状態で全く動くことはなかったが、両軍への損害は甚大であった。

 そしてこの戦いによって両国共に大きな損害を受けたことで、その後停戦へと向かうことになる。

 街の人達はようやく長かった争いに一応の終結を迎えて大いに喜んだ。



 しかし、この戦いでカリュウは二度と街に戻ってこなかった。




 シオンが後に負傷しながらも無事戻ってきた兵士から聞いた話だと、カリュウは部下の年若い兵士を助けようとして川に流されたとのことだった。

 その川は普段それほどでもないゆったりとした流れの川なのに、その日は恐ろしいほどの水嵩と川の流れであったという。兵士達には成すすべのない状態で、残念ながらどうしようもなかったとその兵士は寂しそうに言った。


 その時シオンには、カリュウが亡くなったという事実がどうしても自分の中で受け入れることができなかった。それは実際にカリュウの亡骸を自分の目で直接見て確認していなかったせいもあったかもしれない。兵士の話した話はどこか夢見心地の物語のように感じ、まるで現実味がなかった。どこかシオンの知らない場所でカリュウは今も元気に生きているような気さえした。ただ何故か戻って来ないというだけで。



――しかしカリュウはその後どれだけ待っても街に姿を表すことはなかった。



 シオンでさえあの時そのような気持ちに陥っていたのだ。セイショウの心の中は計り知れないものがあったはずである。

 ところがシオンが思い出す限り、セイショウはあの時混乱して泣き叫んだり、あまりの衝撃に病に伏したという記憶はない。淡々とその恐ろしい事実を受け止めたように見えていた。

 ただし、今から思えば言葉通り“見えていた”だけであったのだろう。



 あれからセイショウの時間は全く止まったまま、今日まで来ていたのだ。


 後宮への入宮の話が持ち上がった時もセイショウは全く反対することなく素直に都に行くと自ら言った。もちろん地方の県令にそのような話が断われるはずもなく、議論の余地のないことではあったが、セイショウはすぐにその話を受け入れていた。

 シオンはセイショウがあまりにもすぐにその話を受けたことを少し意外には思った。とは言えセイショウは元々余り自分の思いを強く主張する性格ではなかったし、シオン自身、カリュウのいない今、後宮に入って新しい環境で新しい人生を歩み始めるのもそんなに悪い話ではないかもしれないと思った。


 こうしてセイショウの心の中を少し理解した今、シオンはセイショウに何ができるのだろうと思った。今はもう二人とも後宮にいるのだ。後戻りはできない。

 これからどうにか幸せへの道を切り開いていくしかない。

 シオンはセイショウがケイキと歩む道はどのくらいあるのだろうかと考えた。今のところ可能性はかなり低い状態のようであったが、全くないということはない。ケイキはカリュウの時のように全面的大賛成という相手には思えなかったが、セイショウは皇太子妃候補として後宮にいるのだ。キリンが後宮を去った後妃候補者達の中にはお寺に入って尼になる人がいると話していたのが頭を過る。絶対にセイショウを尼になんてさせない。シオンはどうにか二人の心が寄り添ってもらいたいと願った。


 何としてもセイショウを幸せにする。その為に後宮に来たのだから。


 シオンはこの時、心を新たにして自分に誓った。


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