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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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13

 シオンはあの日のことを思い出していた。


 どれくらい前の出来事だろうか。まだ街が隣国のとの戦いの最中だったから二年以上は前のことだ。その頃は戦いもあまり激しくなくて、時折川辺や草原で小さな争いが起きる程度の日々だった。


 シオンは幼馴染のルリとどこからかの帰り道だった。シオンにとってルリとどこかへ遊びに行ったり、用事で出かけることはあまりに日常的なことだったので、その日どのような用で出かけていたのか、今はよく思い出せない。


 家への帰り道、突然激しい雨が降ってきた。シオンとルリは急いで近くの家の軒先に雨を避けるため逃げ込んだ。

 シオン達が軒先に無事入ることができてほっとしていると、道を挟んで向こう側でセイショウが同じように雨を避けて軒先に入ろうと駆けて行く様子が目に入った。


「セイショウ!」


 シオンはセイショウが見えたことで思わず大声で声をかけようとした。すると隣にいたルリがすかさず、シオンの口を塞ぐ。

 

「ばか!ちょっとは気を使えよ。セイショウ、カリュウ隊長と一緒にいるじゃないか」


 シオンはルリにそう言われてもう一度セイショウをよく見た。確かにセイショウの隣にはカリュウが立っていた。これにはシオンもかなり驚いた。


 戦が始まり中央軍の兵士達が街の郊外に滞在することになったことで、街の女性達はそのお世話をするために街と軍の駐屯地を頻繁に通うようにはなっていた。

 そのためセイショウもその例外にもれず以前より外出する機会は増えていた。しかしセイショウは 元々外に出歩くことはあまり多くない。家にいて静かに時間を過ごすのが好きな性格なのだ。そしてたとえ何か用事があったとしても、習い事など近くの場所なら一人で出かけることもあったが、たいていは使用人か女友達と一緒に出かけていた。


 それが今日は何とカリュウと一緒にいるのだ。


 カリュウは中央軍の兵士としてこの街に来た人間だった。ただの兵士ではない。隊長という肩書でここに来ていた。シオンは街の人たちの噂話でカリュウのことは色々と聞いていた。

 カリュウは歳はわずか二十三ということだった。シオンには軍のことはよくわからなかったが、人々が話すところによると、そんなに若い青年が何十人もの兵士達と取りまとめる隊長という役職に就くことは珍しいことだということだった。そしてその異例な人事から推測できることは、恐らくカリュウの父親は都でかなり高い地位にいる人物であるに違いないということだった。

 さらに街の人々は中央の人たちは辺境の街のことなど全く重きを置いていないので、年若い経験の浅い若者を隊長にすることも、そんな隊長の軍をこの街に送ることも何も気にもしないで決めたことなのだろうと言っては密かに嘆いていた。


 シオンはそんな人々の話を聞いてはいたが、たとえカリュウがコネで隊長職についていたとしても何も問題はないのではないかと思っていた。食事の世話などで、何どもカリュウの陣営に出入りをしていたシオンは、カリュウがその隊の中でとても慕われているのを知っていた。

 そして人々が言うように、おそらく中央の人たちにはこの辺境での争いに強い関心を持っている人間はあまりいなかったのだろう。隊長もずいぶん若い青年が抜擢されていたが、兵士達も経験の浅い若者達ばかりであった。恐らく兵士達の平均年齢は十八くらいなのではないかと思われた。洗った着物を渡したり、作った食事を手渡したり直接兵士達と話す機会もあったのでそんな時に聞いた話によると、彼らは一様に、家の二男や三男でそのまま家にはいられなかったため兵士になったとか、農家の息子で昨年凶作で農作物がほとんど出来なかっため仕方なく兵士なったとか、そんな理由の者が多かった。

 そのため、この街に派遣された軍は若い隊長に若い兵士達にという構成の隊であり、隊長と兵士達の距離が近かった。兵士に成り立ての青年達は年若い隊長を兄のように慕っていたし、隊長もまるで自分の弟達の面倒を見ているように隊を統制していた。



 家の軒下で雨宿りをしている間、シオンもルリもついつい気になってセイショウ達の方を見ていた。

 雨の音が激しくて二人が何を話しているのかはわからなかったが、カリュウが何やらセイショウに一生懸命話をしているのは伺えた。暫く話は続き、その後話が一端途切れたようだった。

 するとカリュウは懐から何か布に包まれた細長いものを取りだした。そしてその布を丁寧に広げ、セイショウに中のものを差しだした。それは白い石のついた簪だった。


 その時にはシオンもルリも道の反対側でまるで自分がセイショウの隣に立ち、自分がその簪を手渡されたかのように息をのんで見入っていた。

 カリュウの髪は燃えるような美しい赤色だったが、それにも負けないくらい彼の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。それからまたカリュウはセイショウに何かを一言二言話した後、少し屈むような仕草をしてセイショウの髪にその簪を挿した。


 シオンはそれまでにカリュウとは何度も話をしたことがあった。カリュウは隊長だったので何かと作業の相談などをすることは多かったが、それ以外に私的にも雑談程度の会話はよくしていた。シオンはその時十六で二十三歳のカリュウとは七つも年が離れていたが、そんな歳の差を感じない気さくさがカリュウにはあった。

 何かの話の中でカリュウは自分には妹がいると話をしていた。だから年下のシオンとも歳の差など感じることなく気軽に話ができるのだろうとシオンは思っていた。カリュウは都で高い地位の父親をもつ高い階級の人だと聞いてはいたが、親しみの感じられる話し方で話す内容も人の心を和ませる楽しい話が多かった。


 シオンはそんなことからカリュウを兄のように思っていたが、カリュウが今セイショウに向けている笑顔はシオンが今まで見たことのないものだった。

 カリュウはシオンのことは妹のように思っていてくれたのかもしれなかったが、セイショウに対しては全く違った目で見ていたということだ。


 カリュウから頭に簪をつけてもらってセイショウもとても喜んでいるのがシオンには伝わってきた。

 そしてカリュウとセイショウはまた一言二言、話をしているようだった。しかしこの時はさっきまでの雰囲気とは異なりお互い真剣な面持ちで会話を交わしていた。


「!!!」


 少し離れた場所からついつい二人の様子を目で追っていたシオンとルリは予想外の展開に息を呑んだ。


 カリュウがセイショウに口付けをしたのだった。


 シオンとルリは思ってもみなかった場面を盗み見てしまったことで急激にきまり悪くなった。二人は少しは雨が弱まってきてはいたもののまだまだ雨の降りしきる中、急いでその場から立ち去ることにした。

 雨の中シオンは今までに経験したことのないくらい動揺していた。ルリもこの想定外の出来事には相当衝撃を受けたようだった。二人は無言でどこへ向かうともなく駆けていた。


 暫くすると二人は息が切れてもうこれ以上走ることができなくなり仕方なく足を止めることにした。


「ねぇルリ、ルリは二人のこと前から知っていた?」


 シオンは頭の中が混乱していて何も考えずにルリに質問をしていた。


「シオンが知らないのに、俺が知ってるわけないだろ、ばか!」


 ルリも同じように混乱しているようで、いつもなら言わないくらい強い口調でシオンに言い返した。


「そう……やっぱりそうだよね。びっくりしたね。本当に」


 シオンもルリもこれ以上この話をどのようにしていいのかわからなくなって無言になった。二人は先ほどの光景を思い出して顔が赤くなってしまっていた。


「……家に帰ろう。こんなに雨に濡れちゃったし」


 ルリがそう提案してくれたおかげで二人の緊張は少しほぐれた。


「うん、帰ろう。もうすっかり暗くなってきちゃった」



 二人はシオンの家の近くまで戻ってきた。するとルリはシオンに一言言ってから別れようとした。


「今日見たこと、絶対誰にも言うなよ。シオンって本当に口が軽いんだから。セイショウにも二人で見てたなんて言っちゃ駄目だからな。言ったら今度セイショウに会ったとき、何話していいかわからなくなる」


「言うわけないよ。あんなこと。絶対誰にも話さない。ルリこそ誰にも話さないでよね」


 二人はお互いに約束を交わして心を落ち着かせると、それぞれの家路へと急いで向かった。


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