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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 ケイキにはセイショウが少し驚いた表情をしたように見えた。しかしそれは一瞬のことであったためはっきりとはわからない。


「それではすぐにお茶の準備を致します。どちらでお召し上がりになられますか?お部屋にしましょうか。このままお庭でよろしいでしょうか」


「このまま庭で」


 ケイキにそう指示されセイショウは落ち着いた様子で返答すると、ヤオを読んだ。


 珍しくセイショウに呼ばれたことでマオは急いで駆け寄って行った。そしていくつかの指示を受けて部屋に戻って来た。

 シオンはヤオと手分けして準備をして必要な道具を揃えた。


 敷物を敷かれた上に小さな卓が置かれ、そこでセイショウはお茶を入れ始めた。


 ケイキはその間手持ちぶたさで、庭の景色を見るともなしにぐるりと眺めた。すると少し離れた木の近くに今まではなかったはずのギボウシが植えられているのが目に入った。

 この家では、ケイキは存在していたものが無くなっていることも、また無かったものが新しく置かれていることも自然と見つけてしまう自分に滑稽さを感じた。


「あそこの草は最近植えたのか」


 特に意味もなくそんな質問をした。


「ええ、庭師の方からあそこにギボウシを植えると目線に変化が生まれると教えていただきお願いしてみました」


 ケイキが見ても確かにあそこにギボウシがあると庭に変化が生まれ面白くなることが理解できた。誰にも時は止められないのだ。進んでいくしかない。悪く変化することもあるが、こんな風に良い方向へ変化していくこともある。


「なかなか良くなった」


 過去の景色と今、目の前で見えている景色を重ね合わせながら、ケイキはその変化を素直に褒めた。

 ケイキはもう本気で過去と決別する時期にきているのではないかと思った。どれほど過去を想っても、そこに戻ることはできないという現実を受け止めなければならなかった。

 自分自身が一歩前に進むことができた時、こんな風に二重に見えるこの家の景色も、もう少し異なった気持ちで見られるようになるかもしれない。



 ケイキが去った後、シオンはセイショウに近づいて行き話しかけた。


「ねぇ、セイショウ、ケイキ様は今日はお茶もして帰られたようだけれど、いつもはただ寝るだけで帰られるとマオから聞いた……。あの、おせっかいかもしれないけど、今度ケイキ様がいらっしゃったら、セイショウからケイキ様に何かお話しをしてみたら。それか、セイショウの得意な二胡を聞いてもらうとか」


 シオンは余計なことかもしれないと思いつつ、今の二人の関係から少しでもいい方向へ向かってほしい一心で言ってみた。


 セイショウはゆっくりとシオンの方に顔を向けるとやさしく微笑んだ。


「シオンが心配する気持ちはよくわかるわ。でもね、そんなことをしても意味はないことなの。ケイキ様はここに来ると必ず過去のどこか、私の行くことのできないどこかに行ってしまわれているから。だから、私が何か話しかけたところで、あるいは気を惹くために何かをしたところで耳には届かないし、心に引っかかることも全くないの」


 シオンにはセイショウが言っていることの意味が全くわからなかった。


「過去って何?夢の中で過去に行っているということ?そういう夢をわざわざ見に来てるとか?」


「いいえ、そうじゃないわ。うまく説明できればいいんだけど。ケイキ様は過去を生きているの。時はどんどん流れていて周りの人はどんどん進んでいくのに、本当の彼は一人である地点に留まっているのよ。どうしてなのかはわからないわ。でも何か理由があってそうなのでしょう」


「セイショウの言っている意味がまだ全然わからないよ。ケイキ様はちゃんと存在していて今日もここに来ていた。過去じゃなくて、現在にちゃんと実在しているでしょ。だいたい何でセイショウにはそんなことがわかるというの?」


「どう話せばシオンにわかってもらえるかしら。それはこの場所と恐らく深い関係があることなの。ケイキ様はここにいらっしゃるたびに過去を確認しているわ。以前ここに確かに存在していたものを確認しているの。もしかしたら忘れたくなくて無意識にそうしているのかもしれない」


 そう言われてセイショウは少し困った表情をした。そしてそれ以上話をするか迷っている様子を見せたが、意を決したように重い口を開いてさらに話を続けた。


「どうしてそんなことが私にわかるのか……。それは、私もケイキ様と同じ過去の住民だから。だからわかるの、直感的に。同じ過去に住んでいるわけではないけれど、ケイキ様は“今”を生きてはいないということは」


 シオンはそこまでセイショウに言われて、やっとセイショウの話していることの意味がわかったような気がした。そして今セイショウからとても恐ろしいことを聞かされたことを自覚する。無意識にセイショウの髪に挿されている白い石のついた簪に目がいった。


「それは……セイショウがその簪を未だに挿しているということを言ってるの?今ではその簪に意味はないはずでしょ。だいたいどうしてセイショウは未だにその簪を挿してるの?ここは後宮なのよ。セイショウは皇太子の妃候補。その簪は過去のものでしょ」


 シオンは自分で“過去”という言葉を発してはっとする。そしてそれ以上何かを言う言葉が見つからなかった。セイショウもそんなシオンを見て少し寂しく微笑むと、ケイキに出したお茶の片づけを始めた。


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