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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 セイショウが席を外してしまうと、シオンはキリンと二人だけになってしまった。正直シオンには立場の異なるキリンとどんな会話をしていいのかわからなかった。


 キリンは戸惑っている様子のシオンを察して明るく話かけた。


「シオンはセイショウのいくつ年下なの?」


 シオンは簡単に答えられる質問に安心した。


「二歳下の十八です」


「そう、私はセイショウの二つ上なのよ。二十二歳。どう?そう見えるかしら。セイショウは少し大人っぽいし、私は兄からよく子供っぽいと言われていたわ。だからセイショウと私は同じ歳くらいには見えるかしら?」


 シオンは内心自分と同じくらいの歳なのではないかと思っていた。しかし実際にはセイショウよりも年上で、自分より四歳も上というのには驚いた。

とは言っても、持ち前の愛らしい笑顔を返されてシオンはキリンにすっかり魅了されていた。キリンには天性の人を惹きつける愛くるしさがあった。そこが少しキリンを幼い印象にしているのかもしれなかった。


「そうですね。キリン様とセイショウ様は同じ歳くらいに思っていました」


 シオンは自分がどう思っていたかはとにかくキリンの言うことに同意した。


 それからキリンはここ半年の間セイショウと過ごしていた中で楽しかった出来事をいくつか掻い摘んで話してくれた。


「――そう、それでね。私の刺繍を見てセイショウったら『それは蜻蛉かしら?』って言うのよ。私は蝶を刺繍しているつもりだったのに。でも飛んでいるものだって伝わってたんだからまだいいわよね」


 シオンはキリンとすっかり打ち解けて楽しく話をしていた。



 そして話に一区切りがつくとキリンはお茶を新しく淹れ直そうとした。少しの間静寂の時が流れ、シオンはその時前々から誰かに聞きたかったあることをキリンに訪ねてみようかという思いがふと湧いてきた。両親にも、否、両親だから聞けなかったことであったが、今この機会を逃したら誰に向かってにせよ聞く機会はもうないような気がした。


「あの……キリン様、こんな質問キリン様にするのは間違っているのはわかっているんですが。でも他の誰に聞けばいいのかわからなくて……。どうしても知りたいことがあるんです。その……後宮に入った妃候補者達はもし皇太子からの寵愛を受けられなければどうなってしまうんですか?」


 シオンは自分から質問を切り出したのに言葉の最後の方はキリンに届くか届かないかというほど小さな声になっていた。


 さすがのキリンも突然の深刻な質問に戸惑った様子を見せた。しかし、少し時間をかけてどう話すか考えた末、それに対する答えを返すことを決めたようだった。


「……そうね。私も誰か特定の妃候補者達の行く末を直接見たことはないわ。私自身もセイショウと同じ半年前に後宮に来たばかりだし、皇太子妃はまだ決まっていないのだから。でも都ではいろいろな噂話が流れるからそういうものを後宮に来る前に耳にしたことはあるわ。あの娘はどうなったとか……ね」


 シオンはここまでキリンが話すのを聞いてすでに後悔していた。仮定の話とは言えどうしてキリンにこんな残酷な質問をしてしまったのだろう。セイショウのことが心配でつい口にしてしまった疑問だったが、これはキリンにとっても他人ごとでは全くない事柄なのだ。


「あの、ごめんなさい。私、なんてことを聞いてしまったんだろう。もう忘れてください。私の言ったことは」


 シオンは急いで話を終わらせようとした。ところがキリンは少し口角を上げて頬笑み返すと話を続けた。


「いえ、いいのよ。自分のこれから歩むかもしれない道の話をするのは少し難しいだけ。セイショウのことがとても心配なのでしょ。その気持ちはとてもよくわかるわ。そうね……例え皇太子妃になれなくても、先に進む道がないわけではないわ。次妃になるという道。実際、様々な理由で皇太子妃にはなれなかった次妃が皇太子妃より寵愛をうけているということはよくあることだと聞いたことがあるわ。だからこの道は一概に不幸と言えないはず。もちろん人によって価値観は違うから何とも言えないけれど皇太子の寵愛を受けられるならたとえ次妃でもこの道は幸せな道なんじゃないかしら」


 シオンはそれを聞いて考えを巡らした。皇太子に何人も妃がいるということは当たり前のことなのだ。愛する人に自分以外の妃がいるというのは考えると胸が痛くことだが、後宮においてこれは絶対に避けては通れない運命なのだ。

 キリンはさらに話を続けた。


「でも……残念なことに皇太子から全く寵愛を受けられなければ、後宮から出ることになる。追い出されるというのが正しい言い方ね。そしてその後は……そうね、どこかに嫁ぐことになるとしたら圧倒的に不利な条件で嫁がなければならないという足枷はあるわ。皇太子に見染められなかった娘という烙印を押されてお嫁に行くことになるのだから。自分でいうのもなんだけど、もともと妃候補者達は良家の娘から選ばれていることがほとんどだから、そういう現実を受け入れられなくて、お寺に入って出家する人もいると聞きたことがあるわ」


 シオンはその話を聞いて目の前が真っ暗になった。セイショウが出家して尼になることなど考えただけでもぞっとした。


「いえ、セイショウはそんなことには絶対ならない……。もし、もし仮に後宮を追い出されたとしても、絶対いい人と出会って結婚できるはず。そして幸せに暮らすの……」


 シオンは自分に言い聞かせるようにぶつぶつと独り言を言った。それから、はっとはっと我に返りキリンに向かって言う。


「も、もちろん、キリン様は皇太子から寵愛を受けて幸せになるはず!」


「ええ、そうね。私にもセイショウにも明るい未来がきっとあることを願っているわ」


 キリンは努めて明るく最後を締めくくったが、実際には妃候補者達の中には尼になる道よりもはるかに残酷な道に進む娘が存在することを知っていた。

 しかしキリンはシオンに決してそのことは口にしなかった。


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