第三章
1年半ぶりか……
――某所。
≪こちらカイト1、ターゲット1を補足≫
≪こちらグレイブ1、ターゲット2を確認。接近する≫
≪了解。確保でき次第早急に離脱せよ≫
複数の黒い影たちは荘厳な廊下を進み、目当ての扉に入る。暗視スコープに映る内装は非常に豪華であったがどことなく無機質な印象を与えていた。
前方には部屋に不釣り合いな鈍色の機器が据えてあり、影はキーパッドを操作し右手のカバーを開放させる。そこから円筒管を2本抜き取り足早に部屋を後にした。
建物から脱出する為侵入に用いた窓から再び身を躍らせるが、刹那の無音ののち感覚的な動きと身体的な動きの不一致に気が付く。自分の踵と腕が落ちてゆくのを皮切りに視界が十字に裂け、全てが赤になった。
標的の発見・確保の報告を入れてきたメンバーが次々と連絡不能になるにつけ、無線指示者の焦燥は募るばかり。先行して離脱することを決めるが、十歩も歩かぬうちに足を止めざるを得なかった。否、足だけが根が生えたようにその場から動かせない。目線がガクッと下がり左右の目に対になる自分の顔が映った。
もう何も見えない。
動くものがいなくなったその場所を音を立てて転がる円筒管。爬虫類のような土気色の足がそれを止め、一息に踏み砕く。容器からは琥珀色の液体が漏れ出し、地を這いまわっていった。
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「客ー おきゃくー きゃーくー」
襲撃から二週間が過ぎた。相変わらず店には人気が無い。擦り切れるほど磨き続けた弾頭を脇に放り、愛用の散弾銃を枕に壊れたラジオと化すバート。
「……」
「最後に来たのはいつだったかしらぁぁぁあー」
「……なんか、すまん」
「……いや、客来なさ過ぎてテンションが。俺の方こそすまん」
軍から派遣された男は申し訳なさそうに身を縮めていた。
「……しかし、アンタも災難だな。こんな寂れた店でネジの飛んだ店主の愚痴をバックに立ち番なんてさ」
「自虐は胸に刺さるからやめてくれ……」
「すまんかった……」
会話はそれで途切れた。
今回筋肉バカの代わりに来たのは見るからに精悍な男だった。身元を聞くに日系人らしい。バートにとっては相手の国籍云々よりも『今の日本にはニンジャもサムライもいない』という事実のみがショックだった。それを話す男の何とも言えない目つきに謎の脱力感を覚えたのは内緒だ。
しかしここまで集客に難があると筋肉の放つ不気味なオーラのせいだけではなく、純粋に魅力に欠ける店ということになってしまうだろう。店の魅力……それは値段や品揃えに接客などだが、それを初見に伝える方法は広告か口コミ。
「ああ……アカン。ロクに広告出してないわ、そういえば」
「なるほど。割と新しい店舗だから全く周知されていないのか」
「それもそうだし先日の戦闘で更に客足が遠退いている気もするな」
「そうだな……。今からでも軍名義で出すか?」
「お前それ軍御用達のガンショップで銃撃戦とか流されたら倒産待ったなしなんだが」
「なら新聞か雑誌の広告枠を使って個人でやってくれとしか。というか今まではどうやって顧客を得ていたんだ? 毎回一見さんてわけではなく、常連とかいたんだろ?」
「半分は軍にいた時の友人・知人でもう半分はサムから紹介してもらった」
「あの男の交友関係が謎だ」
「奇遇だな、俺もだ」
「過去を調べても無難な情報しか出てこないのだが、絶対何かあるだろ」
「ありそうだが俺は知らんよ。本人に聞いてくれ」
「起きひんがな……」
兎にも角にもこのままでは埒が明かないという結論に至り、その日は店仕舞いとなった。
翌日、地元の週刊誌の片隅にこんな文字が踊った。
『~土曜の夜には特別な相棒を~
Coltsorn銃砲店』
「で、売り上げはどうよ?」
「広告のスペル間違えられてColt社の専門店と間違えてくる客が多くてなぁ」
「じゃあ駄目だったか……」
「若干の客は掴めたかな? ただ非常に大きい問題があってな」
「ほう」
「20ドル前後の小型拳銃ばっか売れて、メインの散弾銃が全く売れないんだよ! おまけにとある高齢のおっちゃんにはサイドアームの周辺装備を充実させた方がいいんじゃないかとアドバイスまでもらっちゃったよ!」
「だろうな」
色々文句垂れつつも嬉しそうな、それでいて微妙に悲しそうな表情をしたバートはPCのキーボードに指を踊らせる。次の発注を確認しながらまともに売り上げがあることに感謝を捧げるのだった。