序章
一作目【招かれざる客】ありきの話なので、そちらをお読みになってからこちらに移行することをお勧めします。前作の一夜から幾らか月日が経過したある夜の出来事からスタートです。
大型の台風が近づいているらしく、朝から天気が悪い。風雨が入らぬよう、各窓と扉をきっちりと閉めてゆく。商売道具が湿気ては仕事にならないからだ。以前の山荘と違って狭いため、大した量が減損することもまた無いが。
バーソロミュー=コルソーンは現在ニューヨーク市にて個人商店を経営している。品揃えは恐らく街でも随一のレベルで良いだろう。何故か? それは、目の前の男が知っている……
「しかしこの豊富な品揃えで何故こんなに閑散としているのか」
「いや、どう見てもアンタが居座ってるからでしょうが。常識的に考えて」
看板娘なら売り上げに貢献しそうなものだが、どこの馬の骨か知れない筋肉ダルマが隔日で訪れているのだ。彼は軍より派遣されてきた警備兼監視の兵士である。では、どうしてこのような者がここにいるのか。それは、少し前に遡る。
生体兵器J-cysに関わったことで軍に確保されたバートとその友人サムは、軍の監視下にいる限り自由に動けることになった。以前と同じく銃火器を扱う商人をしたいという希望を通したところ、監視員をつけるならOKという条件付きで許可された。それが彼である。軍の払い下げ品が流れてくるのでそこそこ良いものを提供できるが、好き勝手に商うことはできない。そういうルールだった。
「なんで筋肉マッチョ寄越すんですかねー。女くださいよ女」
「後半だけだと完全に危ないやつだぞ……」
「強面のガチムチ男が出入りしてる銃砲店に行きたいと思う人間はよっぽどの物好きか切羽詰まった奴だけなんですよ。商売上がったりですわ」
「ちょおま」
カランコロンと来店を告げるベルが鳴った。二人ともに口をつぐみ入口を見遣ると、小さなシルエットが目に留まった。
「いらっしゃい。好きに見ていって。何か聞きたいことあったら声かけてね」
彼女は少しおどおどしていたが、意を決したようにバートに近付いてきた。かなり小柄な女性だ。よれた黄色いレインコートからはポタポタと水が滴っている。フードでよく見えないが、心なしか顔色が悪い。
「……あの、銃を、売って欲しいのですが」
「どういったものが入用ですか? ピストルかショットガンかライフルか」
「拳銃を……」
「んーと……護身用ですかね?」
「それは……充分な殺傷力がありますか?」
「ものによりますね。そもそも掌に収まる火器じゃあ攻撃力には限度がありますし。練度の高い人間なら兎も角、使い慣れない方には荷が重いかと」
ちらりと男を見つつ言った。……様子がおかしい。視線が彷徨い、体がゆらゆらと揺れている。まともな状態ではない。まぁ、普段がまともかと言われればそうでもないが。
「基本的には牽制や自分の逃走のための時間を稼ぐのに使うべきものですからね。確実に相手を仕留めるなら相応の大きさが要りますよ」
それとなく散弾銃のコーナーを示す。この店の棚に並ぶ銃の四割が散弾銃系統とそのオプションで占められている。
「あ、あの、私、どうしても、銃が必よ……っ」
気配。店の戸口の向こうから発せられる殺気。バートはカウンターの裏に用意してある強盗撃退用の散弾銃をゆっくりと手にとる。弾は込めてある。予備弾もすぐ横にある。
「ここからはデモンストレーションです。ご購入をご検討ください」
言いつつ手振りで女性を射線上から移動させ、銃口を入口のドアに向けた。白目剥いているマッチョが邪魔だが、急に立ち上がらなければ当たることもないだろう。
数秒の沈黙の後、ドアが押し開けられた。じっとりと水に濡れた背広の男が店に足を踏み入れる。
「悪いな兄ちゃん」
破裂したような銃声。不気味な笑みを浮かべた男はその顔のまま雨の中に吹き飛ばされていった。男のベルトに銃が刺さっているのを、久しぶりの客への執着心によって視力をコンドル並みに強化されたバートが一瞬で視認、銃把に手を掛けたところで反射的に発砲したのだ。
「んあっ!? 俺どうしたんだ?」
筋肉ダルマが目覚めた。
「役立たず」
「は? 待てお前、ショットガン構えてどうした? 強盗か!?」
「オートマで撃たれかけたから先手必勝で撃った。正当防衛正当防衛」
「ということは犯人は死んだか」
「普通の人間ならな。胸と腹に被弾したはずだからそれ用の防護服着てきてない限り即死か重傷かってところだな。まぁ12番径の9粒弾だ、鹿とか狩れるレベルの殺傷力あるから大丈夫だろ」
「やめろフラグを立てるなフラグを」
追加で弾を込めた散弾銃を腰だめに構え、ドアを押し開けて外を見遣る。誰もいない。遁走したのだろうか。
「いなかった。逃げたか」
≪CLOSED≫の札を表に掛け、ドアをきっちり閉めて戻ってくるとレジの前で先ほどの女性が震えていた。
「今夜は店仕舞いだ。お客さん、お話し、聞かせてもらえるかな?」
強い雨風の音が聞こえる。外は一寸先も見えないほどの土砂降りで視界が霞んでいた。軍の監視役は報告のため一時撤退し、店内にはバートと件の女性が向き合っている。
「ふぅ……。さて、あまり言葉遊びは得意じゃないんで端的に訊くが、君は何者かな?」
出されたコーヒーを両手で抱えたまま視線を彷徨わせる女性。レインコートは脱ぎ、薄いシャツにデニムといった服装だ。色々透けてるので絶対に目線を下げないよう相手の目をガン見せざるをえない。
「先ほどはご迷惑をお掛けしました。私は逃げてきたのです」
「さっきの男からか」
「彼もそうですが、彼の属する集団から……。あ……」
突然怯えた表情を浮かべカップを取り落とす。その視線はバートの背後を見ていた。
瞬発的に椅子から飛び退き、腰の自動拳銃を抜き振り返りざまに構えようとした。だがいったいいつの間に入り込んだのか、大柄な男が目の前にいた。器用にもスライドを押し込まれ内部機構のロックがかかり発砲できない。そして恐ろしいまでの膂力である。舌打ちし銃把のボタンを押し弾倉を落とす。そのまま銃から手を放し男の手首を逆手に掴んで正手側に捻りあげる。全く抵抗を感じずに銃が床へと落下、次の瞬間相手の逆の手で首を掴まれネックハンギングで吊り上げられてしまう。
「ぐっ……がっ……」
声が出ない。腹のあたりを前蹴りで狙うが効いてる気配がない。男は無表情な顔を僅かに傾げ、不意にバートを放った。レジ台を蹴散らしてカウンター内に叩きつけられる。息が詰まり体が動かない。
目の前の散弾銃を掴むために必死に伸ばした腕はしかし、届くことなく地に落ちた。薬室内に残っていた9mm弾を上から撃ち込まれたのだ。激しい痛みを感じつつも乾いた悲鳴を上げることしかできなかった。更に追撃で胴体部にも数発貰ってしまう。身を起こそうにも体が鉛のように重く、視界が霞みゆく。
「その人は関係ない! それ以上は駄目!」
女性の金切り声と低い異国の言葉。それも段々と聞こえなくなってくる。
最後に耳に届いたのは途切れ途切れの一言だった。
「……は……き……人と…………に関わっては……」
バートの意識は混濁した闇の彼方へ堕ちていった。
今回は年に4話は進めたいところですね。四半期ごとの決算みたく。