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相思華に踊る  作者: 狗山黒
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岸部紅花との対談

私の仕えた女性は、双子の妹の影武者になるように育てられた人でした。逆らい殺されたくないと思う反面、彼女を救いたいとも思っていました。

 彼女が嫁ぐ時、ついて行った女中は私だけでした。他の女中は存在すら知らなかったのではないかしら。

 嫁ぎ先で屈託なく笑い、過ごす彼女を見た時、彼女を救えたと思いましたよ。此の時が、ずうっと続けばいいと、思いました。

 しかし、其れは私の期待に過ぎなかったのです。彼女が身籠り実家に帰ると、彼女の食事には微量ですが、毒を盛られるようになりました。当然反対しましたよ。けれど私の命が危ういと知ると、そんなことはできなくなりました。口惜しいことです。

 結果、彼女はお腹にいた子と共に亡くなりました。彼女は鬼灯の根を飲んでいたのです。

 私は彼女の願い通り、遺体を桜の木の下に埋めてもらいましたが、手紙を妹に渡すことも燃やすこともできませんでした。

 埋葬した翌日、妹さんが倒れました。原因はまるで分かりませんでしたが、死んだように眠り続けていました。

 数日後、鞠子様――私のお仕えしていた人の名ですが――の旦那様が到着なさいました。旦那様は妹さんを鞠子様と取り違えたのか、彼女の手を握って泣いていました。

 半年が過ぎ、冬を見送り、春が訪れました。

 奉公先の家では奇妙なことが起こりましてね、姿のない蝉が鳴いていたのです。

 何日かして行商の者が来たのですが、彼は物の怪の道に通じていたらしく、彼が去った後蝉は消えました。その代わり、妹さんが目覚めたのです。

 正しくは、鞠子様でした。きっと桜の下の鞠子様が妹さんに憑いてしまったのでしょう。

 其れを見た御家族が正気でいられるはずはありませんでした。次の晩夏、奥様が火を放ちました。

 最初に気付いたのは私でした。そこで私は何をしたと思います。

 煙の臭いがした時、はっとしたのです。行商の者は去り際に、早く奉公先を変えるように言っていたのです。それを思い出した私は、鞠子様の手紙だけを持ち出し、着の身着のまま駆け出しました。

 本当なら鞠子様達を呼んで共に逃げるべきだったのでしょう。けれど、其の時は余裕がなく、そんな事は考えられなかったのです。薄情なのは、分かっています。何度も後悔しました。

 其の後、私は或る屋敷に拾われ、其処で働き、紹介された人と夫婦となりました。子供を産み育て、無事巣立った頃、屋敷の奥様に本を書かないかと勧められたのです。

 私の日記を勝手に見てしまったそうですが、其処に才能を感じたそうです。

 容易い事ではありませんでしたよ。それでも、私は奮闘しました。どうしても書きたい物語があったのです。

 お分かりでしょう、そう私の最後の作品です。

 彼女達のことがずっと気掛かりでした。私にはもっとできることがあったはずなのに、なぜやらなかったのだろう、と後悔ばかりしました。

 鞠子様が私をどう思っているのかは知りませんでした。けれど、私の初めての主人は、私を大切に扱って下さいました。恩返しができなかった事が、何より悔やまれました。

 そんな時に、鞠子様の手紙を読んでみたのです。鞠子様から旦那様への、旦那様から鞠子様への。手紙はどちらも没収されていたのですが、幸い燃やされもせず、隠し場所を私は知っていたのです。

 どちらの手紙も愛に溢れていました。私はなんとかして、此れ等を形に残したかった。鞠子様が残せぬと悔やんだ名を、生きられなかった子を、記しておきたかった。

 私は此の物語を最後にしようと決めました。其の為には私自身が名を残す必要があったのです。だから、私は頑張れたのですよ。

 此の物語を、虚構だと思う人は大勢いるでしょう。ええ、それでいいのです。彼女のような人がいたのかもしれない、と思ってくれさえすれば、それでいいのです。

 こんなところでよろしいでしょうか。

 そう、有難う。老体に長話はつらいものがありますね。

 静かに聞いてくれて有難うね。

 これから。そうね、これからお墓参りに行くわ。

 華を結ばぬ桜の木があるのよ、其処に行くの。

 よく分かったわね。鞠子様の御実家の木よ。不思議な事に、其の桜だけは燃えなかったの。華は咲かないけれど。

 火事の後ね、旦那様を葬ってもらったの。

 火事で確かに誰なのか判別できなかったわ。でも場所が離れだったから。

 専門の人の話だけど、其処には一人分の死体しかなかったそうよ。きっと、鞠子様は先に行ってしまったのでしょうね。

 そうそう、其処はね、今は花畑になっているの。旦那様の御両親が土地を買って、華を埋めたの。息子が好きだった華をって。

 不思議な事っていうのは幾らでもあるもので、桜の根元には彼岸花が咲いているそうよ。

 ええ、私が持って行くのも彼岸花よ、ただし純白のものをね。其処に咲いているのは全て、真紅だから。

 いいえ、彼岸花がいいのよ。また逢えますようにってね。

――ある青年の日記、岸部紅花との対談より

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