どうせならお揃いで
九条通明は風呂から上がると、洗面所の鏡で何気なく自分の顔を見る。
最近、やけにニキビが目立つようになって、そこかしこにポツポツと小山を作っている。ニキビが出来すぎて顔がぼこぼこになりそうで恐かったから、塗り薬を買って使ってみると一時期はよくなった。でもしばらくするとまたニキビができてしまった。
ニキビができては薬を塗って、またニキビができる。そんなことをずっと繰り返していた。
今の通明の顔には、右頬の耳に近いところにニキビがポツポツと山岳地帯を作っていて、彼はそれを気にしていた。薬を塗ってもなかなか治らない。
でも、こんなニキビ面が写真に撮られてメールで送られてもなんとも思わない。元々ぱっとした顔でもないし。
だが鴨上貴恵は違う。
彼女は中学に上がると、さらにきれいになった。日本人のDNAにイタリアのDNAが絶妙なバランスで溶け込んだ、スーパークオーター女子と言っても差し支えないだろう。
そんなスーパークオーター女子の顔に墨汁が垂れた姿は、酷くミスマッチだった。食事に米とパンだけを同時に出されているような、どうしていいのかわからない組み合わせだ。
それが皆の笑いのツボに入ってしまった。それだけで終わったならまだよかった。でも調子に乗っただけなのか恨みがあるのか知らないが、どこかの馬鹿が写真に撮ってメールでばら撒いた。
通明は溜息をつき、塗り薬を山岳地帯に塗って自分の部屋へ向かう。
ベッドでごろごろする気分にもなれず、かといって勉強する気などさらさらないけど、机に向かう。それからおもむろに習字道具を取り出し、中からスポイトを取り出す。
いったいなんだってスポイトなんてものがあるんだ? よく考えれば実用的に使ったことなど一度もない。ブクブクと墨汁を吸ったり吐き出したりしているだけだ。赤い小さな蓋がなんだか間抜けだ。売っている弁当なんかによくついてるソースが入った入れ物とさして変わらない。
通明はすずりに墨汁を入れて、スポイトでブクブクし始める。
ブクブク、ブクブク、ブクブク。
スポイトを持ち上げてみると、たっぷりと墨汁を吸い込んでいる。
こんなことをしていたせいで、鴨上が酷い目にあっているなんて。このままいくと、下手すればイジメになるかもしれない。いや、もうイジメじゃないのか?
「ちくしょうッ!」
通明はその瞬間、手に力を入れてしまう。
スポイトの先からは弾丸のごとく墨汁が飛び出す。
墨汁は通明の顔面に命中する。
「うわッ」
鼻からスーっと液体が垂れる感触が走ったかと思うと、唇に墨汁が垂れてくる。
部屋の鏡で見てみると、まるで鼻から黒い鼻血を出しているような顔をしている。
「酷い顔だなぁ」
彼はしばらく黒い鼻血を出した自分の顔を眺める。なんだか貴恵とお揃いみたいで、気分が良い。
「お揃い……か」
通明は一人呟き、思案する。
貴恵を思い浮かべ、気持ちを奮い立たせる。
「……よし、こうなったらやってみっか」
「通明うるさーいッ!」
隣の部屋から姉が絶叫するが、通明はそんなこと気にもしない。それから自分の携帯を手にする。