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狙撃手は突然に  作者: カカオ
狙撃手の手にはスポイト
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銃弾は墨汁

 油断大敵。この四字熟語は読んで字の如く「油断は大いなる敵である。注意するように」と我々に対して警告を発している実にためになる言葉である。

 九条通明くじょうみちあき は、たぶんこの四字熟語を知らなかったに違いない。


 通明は教室の時計に見やる。

 時刻は十二時三分。

 つまらない授業から開放され、給食にありつける。昼休みは屋上で寝そべるもよし、鴨上貴恵かもがみきえ に話しかけるもよし、などと彼は考えている。

 授業は国語の時間だが、内容は習字で、クラスメイトの誰もが筆を片手に半紙に図太い字を書いている。ちなみに今日の課題の文字は「希望」だ。

 九条通明の半紙には、路頭に迷い続ける人間の軌跡のようにくねくねとした「希望」という文字が半紙いっぱいに書かれている。

 ほかのクラスメイトたちは何枚も練習しているのに、九条通明はもうこれで終わりだといわんばかりにぼうっと虚空を眺めている。右手には筆ではなくスポイトを持ち、すずりの中の墨汁をブクブクと音を立てて吸ったり吐き出したりしている。

 通明は習字が嫌いだ。手は汚れるし片付けるのは面倒臭い。だいたいなんで中学二年になってまでこんなことをしなくちゃいけないんだ。

 通明はまた時計に視線を移す。

 時刻は十二時五分。

 まだ二分しか進んでいないなんておかしいなぁ。

 それから彼は、おもむろに右手に持ったスポイトを時計の「4」の文字のところに来るように持ち上げる。

 十二時二十分になれば授業は終わる。もう少し、もう少しだ。

 九条通明は目を瞑った。

 そして、早く終われぇ早く終われぇ、と念じる。

 そんなことをしたって時間が流れるスピードは変わらない。もし早送りボタンがあれば、真っ先にそれを押すのに。

 通明はフゥと溜息をつく。

 その瞬間、スポイトを持った手に力を入れてしまう。

 ヤベッ、と思った時には手遅れだった。

 スポイトの中の墨汁は勢いよく放たれ、中空をミサイルのように飛んでいく。

「キャッ」という短い悲鳴が聞こえる。

 通明はそうっと目を開ける。

 そこには鼻から黒い血、否、墨汁を垂らした鴨上貴恵が立っていた。

 運悪く鴨上貴恵は書いた「希望」を先生に見せに行き、そこから自分の席へ帰ろうと教室を歩いていた。そしてさらに運悪く、スポイトから放出された墨汁は量こそ少なかったものの、貴恵の鼻の頭に直撃し、まるで黒い鼻血を出しているかのように見えた。

 教室内、一瞬の沈黙。

 そして爆発する笑い。

 貴恵は恥ずかしそうに俯き、教室の外へ駆けて行く。たぶん、トイレに行って顔を洗いに行ったのだろう。

 爆笑の渦は教室中を飲み込み、教師が注意してもしばらく止まなかった。

 そんな中、九条通明だけは笑わなかった。笑えなかった。

 ふと自分が書いた「希望」に目を向けると、黒い点がいくつも散らばっていた。スポイトから墨汁が垂れている。

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