賭け事
講義を受け終えた刀屋は、早速クレイドルの街へ繰り出した。
講義の内容は刀屋にとって実に興味深いものだった。トラスター力の基礎的な扱い方を軸として展開され、その強化の仕方や効率的な操り方を教わった。
試しに刀屋も試してみたが、扱う段階に至るどころか初歩的な能力の発現にさえ発揮することが出来なかった。
やはり普通のトラスター能力を扱うのは無理か。
刀屋がそんなことを考えながらクレイドルの街を歩いていると一軒の武器屋を発見した。
試しに寄ってみるかと足を向ける。
看板には、『武器・防具専門店・ミリヤ』と書かれている。
厚い木製のドアを開けて店内へ入ると様々な種類の武器や防具が刀屋を出迎えた。
「へぇ・・・これはすごいな」
感嘆に意図せず感想が口から漏れる。
スラムではまずお目にかかれないような高級な武器や防具がそこには鎮座していた。
刀屋は目を輝かせて商品に見入った。
「プレインのトリニティガーレッドにサラスのシャークレット、スレットのセブンクレイズにトレッドのミトロドースだと・・・・・・製品番号は・・・・・・11っ!?初期の型番じゃねーか・・・・・・」
あまりの豪華ラインナップに感動した刀屋はぶつぶつと独り言をしゃべり続けた。
「へぇお兄さん結構詳しいんですね」
いつの間にか傍に居た店員らしき女性が刀屋に声をかけた。
「ああ、こう見えても俺も刀匠の端くれでね、少しは知識があるんだよ」
「なーんだ客じゃないのかーそれじゃさっさと出てった出てった冷やかしはお断りなの」
店員はしっしっと手を振る。
「おいおい、ご挨拶だな同業者同士仲良くしていこうぜ」
刀屋は急にそっけなくなった店員を見る。
武器商同士の仲はスラムでも良好とは言えなかったが、それでも同業者として少なからず協力して仕事をすることもある。
必要以上に仲良くしようとは思わないが、出来るだけ良好な関係を築いていきたかった。
「アンタ、ランクはいくつなの」
店員の目が刀屋を計るようにスッと細められる。
「Fランクだ」
「は?FってFランクなの、アンタ」
「そうだけど、何か問題があるのか」
「アハハ、おっかしいの、アンタ新参者でしょ」
「それがどうした」
Fランクと聞いて、笑い始めた店員を見て刀屋は不快感を隠しきれなかった。
「私はねBランク、君何も知らないみたいだから教えてあげるけどクレイドルってのはランクが高いほど偉いの、ランクが高ければ高いほど権限も収入も増えるの、つまりね君みたいな落ちこぼれが店開いても誰にも相手にされないわよ」
呆れた、といわんばかりに両手を上げて頭を振る店員。
「ランクを上げればいいだけの話じゃないのか」
刀屋の質問に店員は何も分かってないのねという様子で答える。
「あのねぇ、トラスター能力者のランクって上げるのすごい大変なんだよ、たった一つのランクを上げるにしたって半年や一年かかる人もいるし、それに統計的に見れば、トラスター能力者のランクは上がっても最大二ランクくらいで、最初からFランクのアンタはどう頑張ってもCランクまでしか上げれないってわけ」
刀屋の脳裏に浮かんだのは、Aランクである真赤。
つまり俺はどう足掻いたところでAランクである真赤には追いつけないということか。
不思議と諦めの感情は沸いてこなかった。逆に刀屋は面白いと感じていた。
スラムでも、刀屋の武器店はもって3ヶ月といわれていたが、神獣に襲われるまでの3年間、刀屋の店は他のスラムの武器店を蹴散らしトップの座を射止め続けた。
トラスターのランクも武器店も諦めるつもりは毛頭ない。
「アンタはBランクだったか、最初のランクはいくつだったんだ」
刀屋の質問に店員は憮然としてすぐには口を開かなかった。
「私はアンタって名前じゃない、高杉燐奈っていうの、OK?」
お前も俺のことをアンタとか君とか言ってたじゃねーかという反論を抑える。
「俺は桐ヶ谷刀屋だ、これから長い付き合いになるだろうからよろしく」
そう言って握手しようとした手は高杉に払いのけられた。
「いらないわ、どうせすぐにアンタも諦めてクレイドルから消えるか、神獣の餌になるかのどちらかだもの」
可愛げのない女だ。
「私の最初のランクはDランク。もうこれ以上は上がらないわね、まぁBランクあれば生活には困らないけれど」
高杉は、もうこれ以上どう頑張ってもランクが上がらないと思っているのだろう、自嘲気味に少し笑った。
「お前がどう思おうが俺には関係ないことだが、一ヶ月だ。一ヶ月で俺は、Bランクまで上がってやるよ」
刀屋の真剣な顔と言動に一瞬キョトンとした高杉は次に大声で笑い始めた。
「ぷっあはっあははははは、いいね、その冗談、今月最高だよっあははははは」
刀屋としては冗談を言ったつもりは無かったが、これ以上何を言っても笑われるだけだろうと判断して店から出ようとドアに手をかけた。
店を半ば出かけたところで、後ろから声がかかった。
「賭けをしようよ」
「賭けだと」
「アンタが一ヶ月でBランクまで上がれたアンタの勝ち、上がれなかったら私の負け、勝者は敗者に一つだけなんでも命令を聞くってのはどう」
「のった」
刀屋はそう言って店を出た。
負ける気はしない。むしろ良い目標が出来たと刀屋は思っていた。漫然とランクを上げるという目標だけでは、モチベーションを保つのが難しい。そういう意味でこの賭けはプラスに働くだろう。
「バカだなぁアイツ」
高杉は、店から出ていった男のことを考えていた。
赤というよりは黒っぽい服を着て髪はぼさぼさの無造作ヘアーのどちらかと言えば優男。
だけど瞳だけはまるで別の生き物のように怪しい光を放っていた。
「絶対勝てるわけないのに」
絶対勝てるわけない。Fランクのトラスター能力者が行けるのは、最高でもDランクまで、もし奇跡が起こってCランクまで上がったとしても絶対Bランクまで上がるのは不可能。
それならば私はなぜ、賭けをしようとなどと言ったのか。
アイツならもしかしてと思ったから?
ううん、そんなことあるはずがない。
「アイツが生意気だったから、それだけ・・・・・・」