サブタイトル 『絶』
「フフフフフフハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアーッハッハッハッハッハッハッハ」
俺が刀を―――『絶』を抜いた瞬間。
辺りに耳障りな笑い声が響いた。
気づいたら俺の手にあったはずの『絶』は無くなり目の前には一人の女の子が立っていた。
「また会ったなとうや!!吾を呼び出してくれて嬉しいぞ。ヌシが吾をなかなか呼び出すぬからもしかして嫌われてしまったのかと思ったぞ!」
屈託のない笑顔で話しかけてくるその女の子はまるで知り合いみたいだが――――――。
誰だこの子・・・・・・?
目の前の少女は、男なら抗えないような圧倒的なまでの淫靡な輝きを放っていた。華奢な体。
艶やかに濡れた瞳。細いウエストに豊満なバスト。人間離れした顔立ち。神々しく輝く銀髪。
それらをフリルがいっぱいの漆黒のドレスで装飾している。
「フフ、そんな目で見ていると私が襲ってしまうぞ?」
はっと我に帰る。
状況を忘れてつい見惚れてしまった。
危ないところだった・・・・・・。
何が危ないのかよくわからないが危ないところだった・・・・・・はず・・・・・・たぶん。
「お前は誰だ・・・・・・どこから現れた」
「おい・・・・・・おいおいおいまさかヌシは吾のことを忘れてしまったのか?あの感動的な出会いを!?」
俺の言葉に少女は驚き、声を荒げた。
彼女とは以前に会ったことがある・・・・・・ようだが全く心当たりが無い。
「どちらさまで?」
ずごん!!
言った瞬間に負傷していたわき腹の傷口にグーパンをぶち込まれた。
すごい加速だ。全く反応することができなかった。
「ぐぁああああああああああああ何すんだこの野郎!?」
あまりの痛みに意識が飛んでいきかけた。これから敵と戦うところなのにもうやられるところだった。
戦う前に負けそうになるとは・・・・・・予想外だ。
「吾は野郎ではない!れっきとした乙女じゃそんなこともわからんのかっこの節穴め」
地面にのたうち回る俺を尻目に少女は吐き捨てた。
げしげしげしっ
そして、のたうち回る俺を足で踏みつけて無理やり動きを止められる。
そのままの姿勢でぶつぶつと呟く少女A。とにかく足をどかして・・・・・・痛いから頭割れそうだから!
「ふむ・・・・・・まさかもう世界の抑止力が働いているとは・・・・・・あの糞ビッチ神どもが・・・・・・絶対にぶち殺して・・・・・・」
何やら不穏な単語を呟いていたような気がしたが気のせいだ気のせいなんだ・・・・・・気のせいだよ・・・・・・な・・・・・・?
「何がどうなってるのか知らないが、ここは今危険だ、さっさと逃げた方がいいぞっ」
俺は叫ぶ。のだが・・・・・・突然現れた少女に頭を踏まれたままでまるで説得力がないというかどう考えてもこれは第三者が見たらやばい光景だ。
「ふむ・・・・・・まあいいヌシが忘れているのなら思い出させてやるまで」
そう言って艶やかな笑みを浮かべた後―――彼女は頭を踏んでいた足を上げ・・・・・・おもいっきり俺の首筋に噛み付いた。
「――――――」
あまりに突然の出来事に体と思考が追いつかずに抵抗できない。
首筋に噛み付いたままの彼女はチューチューと俺の血を吸っている。
血が吸い出されていく感覚とは別に何かを流し込まれていく甘い感覚に抵抗出来なかった。
「フフ大人しいのぅ・・・・・・そうして震える姿はなかなかに可愛いものじゃ普段からヌシもそうしておればもっと可愛がってやるものをな」
や・・・・・・め・・・・・・ろ・・・・・・。
そう口にするが言葉にならないまま。掠れた喘ぎ声に変わるだけだった。
なんとか逃れようと足を手をばたつかせるものの簡単に組み敷かれてしまう。
「無駄なことをする・・・・・・ゴクゴクゴク・・・・・・ぷはぁー美味い!お前の血はやっぱり格別じゃのうこれほど美味いものを吾は飲んだことが無いわ・・・・・・フフ甘露甘露」
少女はゆっくりと首筋からぷるんとした艶やかな唇を離すと満足したように、にへらと相好を崩した。
くっ・・・・・・なんとも癪だが・・・・・・可愛いじゃねーかこの野郎!
ゲェォオオオオオオオオオオ
俺が何も言えずに腰を抜かして地面にへたり込んでいると、すぐ近くで獣の咆哮が轟いた。
しまった!
こんなことをしてる場合じゃない。
真赤の傷も浅くはない、いくらトラスターと言えどもあの傷を長時間放置していたら出血多量で死んでしまうに違いない。
すぐさま地面から立ち上がり武器を構えようとして・・・・・・気づく。
『絶』がない。
そういえばいきなりあの変な少女が現れて動転したせいか『絶』をどこかへ放り投げてしまったようだ。
どこかに『絶』が落ちていないか視線を廻らすが・・・・・・ない。どこにもない。必死なって眼球を右往左往させても一向に『絶』は現れない。
俺は途方に暮れてしまった、トラスター能力はそもそも『絶』に奪われてしまったせいで使えない。
唯一の頼みであった『絶』も探しているだけの時間的余裕はもうない。
どしっどしどし
もう神獣は姿が視認できるほど近づいていた。その異形の全貌が現れるにつれて俺のトラウマが掘り返される。親友が死んだ光景がフラッシュバックされその後の凄惨な殺戮が蘇る。
また、何も救えないまま・・・・・・俺は・・・・・・。
思考が負のスパイラルへと堕ちかけた時、目の前の少女が俺の前へ進み出た。
「ふむ・・・・・・ふむ困っておるな困っておるだろう?困っておるのぅそうかそうかうんうん悪くない悪くないぞ」
こんな危機的状況にあるということが少女は理解出来ていないのだろう。何が嬉しいのかしきりにうんうんと一人で頷いてはふんふんと鼻を鳴らしている。
俺はというともうそんな少女に構っている余裕も人生経験も度胸も無く、どうすればこの場を凌げるか必死に考えるだけで精一杯になっていた。
そんな刀屋に気を悪くしたのか少女は軽くフンッと蔑んだ様な笑みを浮かべ・・・・・・。
刀屋の顔面を蹴り飛ばした。
完璧に意表を突かれた形でモロにそのハイキックをもらった俺はピンポン球のように地面をバウンドし大きな木の幹に叩きつけられた。
少女はうっひょーとか言って手を叩いて喜んでいる。まるで無邪気な子供のようだ。
「ってぇなおい・・・・・・」
いきなり何をするんだとか。どうしてこんなことをするんだとか。言うべきことが他に色々あったような気がするが、胸のうちに沸いて来たのは純粋な怒りだった。
一旦怒りが胸を支配するとその火は一気に胸を焦がし理性を溶かし俺は俺ではない何かになった。
体の中に流し込まれた『異物』が体中を駆け巡り、桐ヶ谷刀屋を一気に塗り替えていく。
やめだやめだゴチャゴチャ考えたってしょうがねぇ。敵?神獣?知るかよそんなもん俺の前を塞ごうってんなぶっ潰すっただそれだけでいい。俺はそれだけでいい。ぶっ潰して殺して磨り潰して消滅させちまえ。なんだ簡単だ。それだけのことだった。それだけのことだったんだよ。
死への恐怖が、破壊への衝動へと塗り変わる。
「吾はずっと一人だった・・・・・・吾と同格の存在は他にもいたが、私だけはいつも汚らわしい存在とされ嫌悪され憎悪されてきた、吾はずっと探していたんだ吾を理解できる存在を・・・・・な・・・・・・」
さっきまでのどこか飄々とした態度はなりを潜め、どれだけ辛いことがあったのか少女は肩を震わせる。
そして顔を上げ刀屋に叫ぶ。
「吾はやっと見つけたぞっ!ヌシを見つけたっ!!吾と同格の存在に成り得る唯一の固体!吾は―――」
刀屋にはその姿は滑稽で、ぶち壊したい対象でしかなかった。
狂喜の表情で叫ぶ『絶』の細く滑らかな首を俺は二本の腕で締め上げた。
「グフッフフフハハハガバッゴボゴフッガガガガガ」
笑い声は次第に声にならない呻きへと変わり、少女は最後には何も言わなくなった。苦しみ彼女の表情はなんとも気持ち良かった。
そして手に残ったのは一本の刀。『絶』が残っていた。
さきほどの衝動を上回る破壊衝動が体中を駆け巡る。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネ死ねシネシネ死ねシネシネシネ死ね――――――。
刀屋は、一足飛びに神獣の眼前に飛び込み黒い刀身を異形の身体へと叩き付けた。
更新速度を上げていく予定。