Imagine
バカなことをしたものだ。
私は彼が心配そうに見ているのに気づいていて、決心をつけさせるために先に走り出した。
それを見た彼もちゃんと走っていってくれた。
敵の気配がどんどん大きくなってくる。
眠りに着くまでは、聴こえていた虫たちの歌声も今はすっかり影を潜めていて、闇が降りた森の中は不気味なほど静かだ。
ざっざっざっ。
私の足音だけが響く森の中ではまるでこの世界に私一人だけになったかのような孤独感に襲われる。
彼を安心させるために私はあんなことを自信満々のように言ってしまったが、{実際私はそこらのトラスターよりは強いつもりだ}神獣にタイマンを挑んで勝てると言うほど自分の力を過信しているわけではない。
足止めとは言ったものの・・・・・・。
正直私一人で足止めになるかどうかも怪しかった。
神獣と戦うためには二人一組でペアとなるのが基本だ。
その原因は神獣が持つトラスター能力を著しく抑制する限定障壁にある。
パートナとなるもう一人のトラスターが障壁を相殺しアタッカーが攻撃を仕掛ける。
これが神獣とのベストの戦い方。
神獣が発生してから戦っているトラスター達が確立した戦術。
私がどれほど多くのレアフォースを体内に溜め込んでいたとしても継続的に限定障壁
を相殺するのは不可能だ。
第一、限定障壁を相殺しながら神獣と戦闘ができるだろうか。
答えは否。
神業機関にだってそんなトラスターは滅多にいない。
もちろん私にも無理だ。
だとすれば取れる手は一つしかない。
既に敵は視界の中に納まっていた。
巨大な昆虫のような神獣の全体像が僅かに差し込む月明かりで一瞬照らし出される。
全長10メートル。口内に無数の牙を生やしている。四枚の羽が背中に畳み込まれヌメヌメとした光沢を放っていた。6本の足が不規則に並んでいる。トカゲとセミを合体させたような今まで見たことの無いタイプだ。
なにより真赤が嫌悪感を抱いたのは目だった。
わずかに顔だと思われるごつごつした物体に無数の目がところかまわずついていた。
一つ一つがバラバラに動いていて真赤の背筋に冷や汗が流れる。
こんなとんでもなく気持悪い神獣がいるなんて・・・・・・。
愛刀である『桜花』を突き立てるのすら躊躇ってしまいそうなその異形に真赤はしり込みしてしまう。
だがいつまでもこうして隠れているわけにはいかない。私は足止めとして来たのだから。
隠れていた茂みから私は神獣の前へと姿を現そうと足に力を込めて飛び出した。
「――――――――」
飛び出した。
はずだった。
私は確かに飛び出そうと・・・・・・。
そこで気づく。
あれ・・・・・・。
私の右腕どこ行った・・・・・・?
大量の血が噴水のように溢れだし周囲には血の匂いが充満する。
―――いつの間にかバラバラに動いていた神獣の瞳が一点に集中していた。
――――――真赤へと。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
俺は突然上がった悲鳴に足を止めていた。
今のは・・・・・・。
間違いない真赤の悲鳴だ。
迷わずに今までとは逆方向に、足を向ける。
真赤と神獣が接触したのは俺の察知能力で追跡していたが、一体何があったんだ!?
神獣の恐ろしさは嫌というほど身に染み付いている。
親友が死んだあの日、神獣がスラムを襲ったあの日を思い出す。
怖い。
俺は初めて目にする神獣を相手に膝が振るえ全く動くことが出来なかった。
人が目の前で生きたまま咀嚼され嚥下される。
そこら中には人間の食べかすが散らかり、悲鳴と怒号と断末魔が耳を打つ。
助けてと叫ぶ声が聞こえた。
死にたくないという断末魔が聞こえた。
殺してやるという怒号が聞こえた。
唯一の親友は、神獣の襲撃の一番最初の犠牲者だった。
一瞬も忘れたことはない。
ほんのちょっと本当にほんの少し前までしゃべっていた、笑いあっていた親友が、原型が分からないほどの肉の塊にされて、神獣にしゃぶり尽くされていた光景を。
そして、最後には何も聞こえなくなった。
全て喰われた。
全て破壊された。
全て殺された。
街から人が消えた。
神獣が襲撃した後には何も残らない。
神獣の視線は最後に残った俺へと注がれ、俺は発狂した。
あの後のことを俺は覚えていない。
気が付いたら血だるまになっていた俺は俺が生み出したらしい刀、『絶』に契約が完了したことを告げられた。
そして今・・・・・・。
俺は真赤の元へと走りながら肩から提げている『絶』を見る。
俺は・・・・・・俺は戦えるのか?
前と同じように親友が殺された時のように恐怖で動けないんじゃないのか。
そんな疑問が頭を掠めながらも足は前へ向かっている。
そしてもう一つ。
不安はもう一つある。
『絶』だ。
俺が記憶を失っていた数時間の間に『絶』との契約が完了していた。
内容がどんなものだったのか・・・・・・。
全く覚えていない。ただ確実なのは俺のその『契約』でトラスター能力の大半を奪われたということは確かだ。
まともではない。
そうまともな契約じゃない。
だが、それでも・・・・・・。
俺は前に進まなくちゃいけない。
ここでまたびびってたら、前と一緒だ。親友を亡くした時の俺と一緒だ。全く進歩してない。
前と同じ結末を迎える?そんなの糞くらえだ。神なんていねぇ自分自身が変えていかなきゃ誰が現実を変えれるってんだ?
気づいたらわき腹の傷の痛みはすっかり消えていた。
辺りにかぎ慣れた匂いが漂ってきた。
濃密な血のにおい。むせかえるようなあの匂いだ。
「真赤!!真赤!?どこにいるんだ返事をしろっ!真赤!!!」
真赤のトラスター能力の気配はまだ消えてはいない。もちろん敵の気配も。
「真赤!!!」
刀屋は叫ぶ。
まだ生きている。まだ生きているはずだ。
まだ会って間もない、俺は彼女のことを何も知らない。
だがそれがなんだ?
もうあの時と同じ思いはしたくない。
もう逃げない。
「真赤!!生きているなら返事をしてくれっ!」
突然すぐ脇の茂みががさがさと揺れた。
とっさに敵が出たのかと思い身構える。
「全く・・・・・・少しは静かにできないのか桐ヶ谷刀屋」
そこには苦虫を噛み潰したような顔をした真赤が立っていた。
「真赤!?」
すぐさま真赤に駆け寄る。
「落ち着け刀屋、お前はもう少しクールキャラを気取っていたと思ったがもう化けの皮が剥がれたのか?」
「ちげーよ、少し取り乱しただけだ」
皮肉気に歪んだ真赤の唇に少し恥ずかしくなってとっさに取り繕ってしまう。
だが、そんな軽口を叩いて余裕を見せていた真赤は、ぐらりと体を傾けると地面に倒れた。
「真赤!?どこかやられたのか」
「少し腕をな・・・・・・」
真赤が苦しげにうめく。
刀屋は真赤の右腕を直視し、そして固まった。
肘から先が・・・・・・ない・・・・・・。
真赤の右腕は肘から先が綺麗に無くなっていた。
断面は鋭利な刃物で切られたように平らになっていて、そこから大量の血液がぼとぼとこぼれだしていた。
「私としたことが不覚を取ったものだ」
憎々しげに呟いた真赤の瞳は生気が無くなっていた。
「血を流しすぎた。私は長くないだろう・・・・・・奴がすぐそこまで迫っている。お前は逃げろ」
さっさと行け。真赤の瞳はそう言っていた。
「それが人にモノを頼む態度なのか?」
「なっ!?冗談を言っている場合じゃないんだぞっ!さっさと逃げろ!!」
その言葉に俺はニヒルに笑う。
「俺にお前みたいな絶世の美少女を置いて一人で逃げるようなマネをしろっていうのか?紅真赤」
「は・・・・・・はぁ!?びびび゛びびびびびしょ・・・・・びしょびしょびしょって何を言っているんだお前は!?」
いきなり自分のことを美少女と言われた真赤は顔を真っ赤にしながらわけのわからないことを叫び始めた。
自分で美少女って言ってたくせに人に言われるのには慣れてないのか・・・・・・。
「とりあえず落ち着け」
「わわっ私は十分に落ち着いているっ!?」
いやなんでそこ疑問系なの?
わたわたとし始めた真赤はいきなり体を動かしたせいで腕の傷口から大量の血が噴水のように噴出しばたりと地面に倒れ込んだ。
「少し待ってろ、すぐに終わらせてやる」
敵はもうすぐそこまで迫っていた。
「―――馬鹿が・・・・・・私ですら掠り傷程度のダメージしか与えられなかった相手だぞ・・・・・・怪我人の・・・・・・しかもお前はほとんどトラスター能力を失っているのだろう?そんな奴が相手になるはずがない・・・・・・無駄死にするだけだ・・・・・・頼む・・・・・・逃げてくれ」
地面に倒れたまま真赤は俺を必死に説得しようと言葉を紡いでいた。
「私はもう仲間が死んでいくところを見たくないんだ!!これ以上誰かを失うのは嫌なんだ!!」
真赤の必死の叫び。
確かにその言葉は俺の胸に響いた。
だけど、俺の気持ちは変わらない。
―――いや、一層に想いは強くなった。
真赤も俺と一緒なんだ。
もう誰かを失うのはごめんだ。
「だから・・・・・・『絶』・・・・・・お前の力を貸してくれ」
一気に鞘から刀を引き抜いた。