訓練
翌朝。
刀屋は真赤の無駄に豪華な屋敷の洗面所で顔を洗っていた。
昨日、かなりクレイドルの街を歩き回ったせいで真赤の屋敷に帰ってきた途端に眠りについてしまった。
帰ってきた時は真赤はいなかったが、刀屋か起きた時も真赤が帰ってきた様子はなかった。
アイツも色々と忙しいんだな。
今日は実戦訓練をしてみるかと地図を確認しながらそんなことを思う。
エアバイクに乗り、クレイドルへ着くとすぐに移動。
実戦訓練がある実技棟へ向かう。
クレイドルは大まかに5階層に分かれているらしい。地図を確認すると、一番上の階層はクレイドルの中枢機関があり、クレイドルのトップやハイレベルランカーが住んでいる。
二番目の階層は、トラスター能力者が講義を受けたり実技訓練をしている。
三番目は、一般的な居住区が広がっており、高杉の武器店もここにある。
ここまでは地図で確認することができるが、それ以上の下の階層についてはあまり詳しい説明が載っていなかった。
エアバイクなどを駐車する階層は四階層だが、刀屋が前に見たところ、それ以外にも用途がありそうだ。
もしかしたら、この都市を浮かせている秘密がそこにあるのかもしれないな。
そうこう考えているうちに実技棟に着く。
当初は、実技訓練を受ける気は無かったが、Aランククエストで戦闘になることが分かっている以上避けては通れない。
今のうちに絶の言う力という奴を扱えるようにしておきたい。
訓練場に着くとそこでは既に集まっていたトラスター能力者達による戦闘訓練が行われていた。
訓練場は、天井の無い巨大なホールで、空中にいくつかのリングが浮いている。
トラスター能力者の多くは空中に浮かぶリングで戦っているようだった。一部の飛行能力に長けたトラスター能力者は、空中で直に戦闘している。
刀屋はホールに浮かぶいくつものモニターがリングでの戦いを映していることに気づき、見入る。
派手な技が飛び交い、様々な種類のTSが繰り出される。
これがトラスター同士の戦いか。
正直予想以上だ、今までロクにトラスターに関わってこなかったせいで刀屋自身トラスターがどのようなものかはっきりとした確信が無かったが、これを見ればどれだけトラスター能力者が逸脱
した存在なのか確認できる。
無数のモニターの中でも刀屋の注目を集めたのは、一人の剣士と大きな杖型の壱百八式TS並列起動装置を装備したトラスター能力者の戦い。
剣士が放つTPは極めて少なく、対照的に杖型の壱百八式TS並列装置を持つトラスター能力者は、圧倒的と言っていいほどのTPを放っている。
一見して、この勝負、剣士が勝てるはずがないと誰もが思った。がしかし、戦いが始まった途端その見識は間違っていたことが明らかになる。
剣士は流麗なまるで舞を踊るかのような動きで一本の刀を操り、次々とTPで勝る相手の攻撃を極少のTPでいなし、かわし、弾く。
その光景にギャラリーは息を呑んだ。
剣士は短く呟き刀を振るう。
「輪廻虚動が一つ『天赦斬魔』」
TSに名前を付けるのは、実はかなりTPを底上げするという意味で有力な手段の一つらしい。刀屋が受けた授業では、トラスター能力者自身の概念の認識を高めるとかなんとか説明された。
技を放った瞬間、まるで幻のようにモニターから剣士の姿が消え去る。
トラスター能力による身体強化と輪廻虚動による超高速移動、そして、その速度を利用した超高速剣戟。剣士が通り過ぎた後に剣閃の残像がまるで花びらが散るように舞い杖を操るトラスター能力者のTSを掻き消していく。
技の最後に剣士の刀は杖を操る相手の首元に突きつけられそこで試合終了となった。
わーっとモニター前のギャラリーから歓声が上がる。
「いやーやっぱり、すげぇな殲滅部隊のエリートは」
「そりゃお前、クレイドル1のアタッカー部隊は伊達じゃねえよ、あーいいよなぁ九黎凛」
ギャラリーの一人がさきほどの剣士の方を見ながら言う。
「おまっあんなのがいいのか、あの人だいぶ性格きついらしいぞ、俺としちゃ断然、みりんちゃん派だけどな」
もう一人は剣士と戦っていた杖をもった方を熱心に見つめていた。
「俺は貧乳派なんだよっみりんちゃんも可愛いが胸が大きすぎるんだっ九黎さんを見ろよっ慎ましく、控えめで、おしとやかだろうがっ」
なんだとてめぇ、やんのかおらっと喧嘩をし始めたギャラリーを見ながら、刀屋も訓練できる相手がいないか探し始める。
女性が襲われているならまだしも男同士のむさい喧嘩の仲裁をする気にはなれない。めんどうだ。
そう思いながら刀屋はどこか胸が疼いて仕方なかった。
戦いを見たせいか、自分の心がやけに高揚しているのを感じる。
戦いたくてたまらない。そんな気持ちが後から後から沸き上がって来て止まらない。
―――なんだこれは。
刀屋が自分の異変に動揺していると同じく訓練をしにきていたのか、真赤が刀屋を見つけ走ってくるのが見えた。
「おい、刀屋じゃないか、お前も戦闘訓練でもしにきたのか?お前にもやっと私のパートナーとしての自覚が芽生えてきたということか・・・・・・私は嬉しいぞ刀屋。ということでせっかくだし私直々に相手をしてやってもいいぞ」
何を一人で自己完結してやがるこの女、確かにパートナーとしてもランクを上げなくてはいけないが、巻き込まれる形でパートナーになることを了承したわけで、こうもポジティブに考えられていると思うと少しは腹が立って来るというものだ。
いいだろう・・・・・・ここは俺の力を試すという意味でも、真赤に少しでも意趣返しをしてやるという意味でもこいつと戦うのは悪くない。
「それじゃあ訓練の相手、頼むわ」
今となってはこの時の俺はたぶんどうかしていた。
†
どうしてこうなった。
これは・・・・・・これは明らかな予想外だった。
周りには尋常の量ではないほど多くのギャラリーが中空戦闘用リングを下から取り囲み「真赤さん頑張ってぇええええ」「紅さん好きだぁあああ付き合ってくださいぃいいいいいい」「誰?相手の男」「なんか真赤様の新しいパートナー候補らしいよ」「なにそれ殺す」「真赤ぁああああああああああああ」という声援が・・・・・・声援か?これは。
そんな声援を臆する様子もなく、むしろ普段通りといった感じでにこやかな笑顔と共に手を振り応える真赤を見る。
「お前・・・・・・こうなることが分かっていたな」
「フッ仕方あるまい、私ほどの美少女ともなると、どうしても目だってしまうからな」
俺にも向けられるにこやかスマイル、うざいな。
「あれ、そういえばお前ってさ俺が最初に会った時に俺が美少女って言ったのに対してノーリアクションだったのに神獣に襲われた時美少女って言ったらかなり動揺してたよな、それで今は自分の事美少女っていっちゃってるし、おかしいよな」
それを聞いた真赤はカァッと顔を真っ赤にした。
「バカがっ最初の時は、カッコよく登場するためにキャラ作りしてたんだっそれで動揺を上手く隠していたんだが、二回目は突然だったし、色々取り乱してたし、心の準備がなかったし、それに私は面と向かって美少女だとかあまり言われたことないんだ」
「自分では言っちゃうのにな」
「それは放っておけ!なぜか私って異性に避けられやすいんだよ、道を歩いていると勝手に端のほうへ寄っていくし、こちらから声をかけてもほとんどの奴はなぜか顔を逸らすし、全く失礼だ」
それってあれだろう。
あまりに綺麗な女子がいると高嶺の花すぎて近寄りがたいとかそんな感じだろう。
それで異性から避けられやすいと思い込んでいるということか。
難儀な奴だな。
「そうかそうか、お前も苦労しているんだな」
でも、まぁ面白そうなので黙っておこう。
「そうなのだ、私も苦労している」
「とまぁそれは置いといてだな、刀屋。そろそろ始めよう」
そう言うと、真赤は腰の左右に吊るしている刀の内一本を抜いた。
『桜花』。『絶』には及ばないとしてもかなりの業物だ。
刀屋は応えるように腰の『絶』をゆっくりと抜刀した。
ぜんかい前々回のような激しい凶変はない。
しかし、確実に『絶』の血液は刀屋の何かを蝕んでいた。
「いくぞ刀屋っ!」
夏ばてやで・・・