邂逅
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
刀屋は荒く息をつく。かれこれ3時間は追手から逃れ続けて走り回っている。
敵が近くに迫っているのではないか、そんな思いに囚われ気配を殺して辺りの様子をうかがう。
・・・・・・といっても気配の殺し方なんて自分自身ちゃんと出来ているのか理解出来ているわけではない。
刀屋は今荒廃したビルの中に身を隠していた。
今にも崩れそうな無機質なコンクリートの塊が四方を囲んでいる。
わずかに気配を感じ思わずそちらへ目を向ける。
「チュッチュッ・・・・・・」
なんだねずみか。
びびらせやがってちくしょう。刀屋は心の中で舌打ちをした。
無意識にねずみを目で追ってしまう。
「ヂュッ!!」
ねずみが突然鋭く鳴いた。
刀屋が隠れているコンクリートの柱から飛び出したねずみに高速で飛来した何かの影が重なる。
次の瞬間派手な爆発音と共にねずみだったものは跡形もなく消し飛ばされていた。
(ここは、まだ追手の射程圏内か!?)
驚きに一瞬の隙がうまれる。
ねずみを殺したのと同様の不可視の銃弾がコンクリートの柱を貫通し刀屋を肉片に変えようと殺到する!
咄嗟に体を反転させ地面に転がる。
コンクリートの柱を粉砕した弾丸は派手な爆音を轟かせ火花を散らしビルの床に着弾した。
ドォオオオオオオオオオオン
衝撃で数メートルほど吹き飛ばされ体のあちこちが散乱していたガラクタにぶつかり無数の傷を作っていく。
なんとか体勢を立て直すものの、長い逃走劇で体力も尽き掛け、体は相当ガタがきていた。
(一体どこから撃っているんだ) 首を四方に巡らし視線を走らせるが、狙撃手は一向に見つからない。周りはボロボロに崩れた旧文明時代の産物であるビルの廃墟が無数に点在し視界が悪い。
しかし、敵はずっと正確な射撃を続けている。
導き出される結論は一つ、敵はトラスター能力者だ。
恐らく敵が使っているのは、超高威力のアンチマテリアルライフル。しかし、それでもこれ程の威力が出るはずがない。
刀屋は武器商としてその手の武器を取り扱ったことがあった。
数秒前まで自分が身を隠していた柱を見やる。
確かに存在していたはずの柱は影も形も無くなり、直径1mほどのクレーターがそこにはあった。
正確無比の超長距離射撃にこの高威力・・・・・・相手は化け物級のトラスター能力者であることは間違いない。
もし反応がコンマ1秒でも遅れていたらさきほどのねずみと同じ運命を辿っていただろう。
しかし、銃弾はしっかりと刀屋にダメージを与えていた。
わき腹を手で押さえる。
真っ赤な血がどくどくと溢れ灰色のコンクリートに華を咲かせる。
刀屋は傷口をあまり見ないようにした。
手で触っていればどの程度ダメージを受けたのか把握できる。
内臓がこぼれだしそうになるのをなんとか抑えつけ、合成繊維で出来ているズボンを無理やり食い千切り傷口に巻きつける。簡易的な止血だ、これでしばらくは死にはしないだろうが、このままでは遅かれ早かれあの銃弾に捉えられるだろう。
「こんなところで死んでられるかよ・・・・・・」
刀屋は必死に遮蔽物を盾にしながら走る。その度に足がガクガクと振るえ、わき腹に激痛が奔り、声にならない呻きが口から漏れる。
そんな無様な姿を嘲笑うかのように超長距離から放たれる不可視の銃弾は、その遮蔽物すら粉砕し刀屋物言わぬ肉塊に変えようと飛来する。
「クソッタレ、一体どこの誰がこの俺を殺して得するってんだ」
思わず愚痴がこぼれる。
刀屋には人にはない力があった。
トラスター能力と呼ばれる未知の力。
10年前の流星群落下が起きてから世界は急速に姿を変えていき、飛来した隕石から発生した未知の物質、気体状覚醒輝石によって20歳以下の人間の中に物理法則を無視した特異な力が宿っていたのが確認された。
おかげで世界はパワーバランスを崩し、秩序から無秩序へ法が無法へ平穏な日常がサバイバルへと変貌した。
(こんな逃走劇にも慣れたものだな)
武器の取引なんかしていればトラブルはつきものだ。今までも何度か命を狙われたことはある。
その度になんとか逃げおおせてきた。
しかし、どうやら今回は相手が悪すぎたようだ。
わき腹から血が流れすぎて意識が朦朧とし始める。
分厚いコンクリートの壁の影に隠れる。
限界が近づいているのを自覚する。もう、どんなに頑張っても逃げ切れない現実を前に目の前が急速に暗くなっていく。
自分が今まで走ってきた方向を見れば血の跡が点々と・・・・・・ではなくまるで干乾びたペンキのように地面を這っていた。
よくぞこんなに血を流しても死なないものだ。トラスター能力者の生命力には驚かされるばかりだ。
(参ったな)
刀屋は自分のことであるのにまるで他人を観察しているような自分に気づき自嘲する。精神的にもかなり追い詰められていた。
気づけば、相手は標的を見失ったのか攻撃の手が止まっていた。
その隙に長旅でぼろぼろになった合成繊維のズボンを持っていた短剣で素早く切り取り、再度傷口に巻きつけて赤い染みが広がるのを防ぐ。
それでも、すぐに血が染みて垂れ始めたが、立ち止まっていれば訪れるのは死。
今はただ逃げるしかない。
そう思い震える足に力を込めて地面を蹴る。
思えばトラスターになってからロクなことがない。
世界は急速に法と秩序ではなく力で支配される世界へと変貌を遂げた。
真っ先に犠牲になったのはトラスター能力がない一般人。
殺し殺され、犯り犯られ力のない人間は蹂躙された。
当時、トラスターとして力に目覚めていなかった刀屋も例外ではなかった。
家族は野党に襲われ、両親は俺だけを逃し殺された。
刀屋をかばい、トラスター能力で肩口から腹まで切り裂かれる父親。早くいきなさいと叫ぶ母は首を切断され殺された。
その光景は今でも夢で見るほどだ。
流星群落下が起きてからの世界。
今もこうして命を狙われている。
温かく平穏な生活を送ってきた俺には耐え難い苦痛だった。
(とにかく俺が助かるためには、一方的に未知の敵に狙われているこの現状を打破するしかないのだが―――)
・・・・・・正直、打つ手は無い。
相手は視力を補強し、物質を透過して見渡せる能力だけではなく、アンチマテリアルライフルの威力までも脅威的なまでに強化できるほどの実力者だ。
万が一近接戦闘に持ち込めたとしても勝算は全くと言っていいほどない。
刀屋は走るとは形容しがたいスピードで進みつつ肩にかけた唯一の武器である刀を見る。
今は鞘に収まって大人しくしているが、何を隠そう刀屋のトラスター能力は刀に一部を除いて吸収され尽くしたのだ。
この刀曰く、一般的にトラスター能力は、二つに分かれているらしい。
(一つは、物理法則を無視した力を操るタイプ。もう一つは概念に自己を重ねて投影するとかなんとかいう能力らしいのだが・・・・・・まだ俺も全部理解しているわけじゃない)
結果から言えば刀屋はその二つとも操れる稀有なタイプのトラスターであり、概念に自己を重ねて投影する能力で刀を作り出すのには成功したが、その刀に『物理法則を無視した力を操る能力』を奪われた。
(俺に残ったのは、およそ戦闘向きではない能力とトラスターとなって強化された肉体だけ。・・・・・・つまり今の俺は到底戦闘なんぞ出来ないポンコツトラスターなわけだ、どこにいるかもわからないスナイパーに俺が勝てる道理があるわけもなく、俺に無理を通して道理を引っ込めるほどの根性なんてあるわけがない)
―――結果、走る。
・・・・・・だがそれにも限界があった。
すぐに刀屋の目の前には現実が突きつけられた。
「嘘だろ・・・・・・」
荒廃したビル郡を走り抜けた刀屋は絶望に暮れた。
目の前には広大な砂漠が広がっている。
全く遮蔽物の無い緩やかな砂丘が無数に存在していた。
このまま進んでも確実に刀屋はスナイパーに撃ち殺されるだけだろう。
戻るという選択肢も無謀だ。
(そこには俺を待ち構えるスナイパーがいるだけ)
目の前が真っ暗になるのを感じた。
刀屋の今のトラスター能力では真正面から戦っても勝てる見込みは万に一つもありはしない。
どうする・・・・・・どうすればいい・・・・・・。
血を失いすぎた頭はまともに考えがまとまらず、冷たいコンクリートの壁に背を預けた。
体が言う事を聞かない。
ずるずると倒れ込む。
トラスター能力で強化された聴力が遠くからの足音を捉えた。
刀屋は柄にもなく昔に見た映画のワンシーンを思い出す。
主人公を追い詰めた悪役は必ず、相手を殺す前に余裕を見せ主人公を悔しがらせてから殺そうとするというものだ。
もちろん主人公はその隙を逃さす大逆転する。馬鹿げた話ださっさと相手を殺せば良いものを・・・・・・。
相手はスナイパーの能力に特化している。
(それならば、足音がするのはおかしいはずだ。相手は壁に倒れ掛かっている俺を撃ち殺せばいいだけで、近づく意味は無い)
「最後まで足掻いてやるか・・・・・・」
刀屋は自分の手を見つめる。そこには親友にもらった時計が握られていた。
いつポケットから取り出したのか・・・・・・。
それは刀屋がトラスターになる前からの親友からもらったものだった。両親を殺された刀屋と共にこのスラムで一緒に生き延びてきた唯一心を許せる相手だった。
最後は呆気なく殺されたが・・・・・・。
「まだ死ねないよなお前の分も俺が生きるって・・・・・・約束したもんな」
別に約束などしていない。
自分はまだ死ねない、と自分に言い聞かせるために言っただけだった。
死者にありもしない約束を取り付けなければ今の刀屋は平静を保っていられなかった。
しばらくすると狩人が姿を現した。
足音が刀屋の右横10メートルほどのところで止まる。
刀屋はゆっくりと身構えて重い眼球を横にスライドさせ―――絶句した。
刀屋の視線の先、そこに立っていたのは赤い服を身にまとった少女だった。
まさか自分を追い詰めていたのはこんな少女だったのかと思うと刀屋は、なぜか無性に笑い出したくなる気分に駆られた。
「死んだか」
少女は小さく整った口を開き独り言のように刀屋に尋ねた。
凛とした顔立ちで鼻が高く堀が深い、悪戯好きそうな笑みを唇に浮かべ、目は猫のように爛々(らんらん)と輝き、真紅の長髪が風にたなびいて空に広がる絨毯のようにも見えた。
髪と同じ真紅と白が混ぜ合わさった制服に包まれた体は、服の上からでも分かるほどしなやかで、くびれた腰に目をやると黒いベルトに可憐な少女には似つかわしくない無骨な短刀を左右に二本帯刀しており、その下の短いスカートからは瑞々(みずみず)しい太ももがのぞいている。
刀屋には、この薄汚いスラムに彼女は余りにも不釣合いで、触れればたちまち崩れてしまうような美しく儚い幻に見えた。
命を狙われているというのに刀屋は呆けた様に見惚れていた自分に気づき慌てて意識を現世へと戻す。
「ハハ・・・・・・お生憎様まだピンピンしてるぜ」
刀屋はコンクリートのひんやりとした感触を感じながら軽く両手を挙げて答える。
もちろん実際はボロボロの満身創痍でいつ意識が飛んでもおかしくない。
挑発とも皮肉とも取れる刀屋の態度に少女は小さく艶かしい唇に苦笑を浮かべた。
「そんな姿になってまで減らず口が叩けるとは見上げた根性だな、桐ヶ谷刀屋」
そう口にした少女はどこか悪戯を楽しむような面持ちでニヤつく。
そんな顔まで可愛く見えてしまう自分に舌打ちをしつつ、刀屋は疑問を口にした。
「俺の名前を知ってるとは驚きだな、どこで知った」
スラムの片隅で細々と武器商を営んできたような奴の名をどうして知っているのか。
予想通り食い付いてきた刀屋の反応を楽しみつつ少女は余裕を見せながらゆったりとしゃべる。
「私の業界ではお前の名前はなかなかに有名なのだがな、本人にはそれほど自覚がないのか」
その言葉に刀屋の目がスッと細められ少女の視線と真正面からぶつかった。
「そりゃどうも・・・・・・お前みたいな美少女にも知っててもらえるなんて光栄だ」
刀屋は自分が有名であるはずがないことを自覚している。それは彼が造り出す特殊な武器のせいもあるが、刀屋自身がごく一部の人間にしか武器を提供していなかったこともある。
少女は刀屋の皮肉に苦笑しつつゆっくりと距離を詰めた。
最後の抵抗を警戒しているのか、それとも話す時間を長引かせようとしているのかその意図は分からないがどうやらすぐに殺すつもりではないようだった。
「そんなに警戒するな、私はお前を殺すつもりはない」
そういって少女は腰に帯びていた右(刀屋から見て右)の短刀を右手で抜き放ち刀屋に見えるように掲げた。
その短刀は鞘に入っていたにも関わらず血でべったりと濡れていた。
「全く説得力が無いって自覚あるか?」
瀕死の相手に血塗れの刀を見せ付けて殺すつもりは無い等とのたまう輩は頭のイカレた奴か、薬をキメてラリっている奴ぐらいだ。
「これは失敬、血を払うのを忘れていた」
そう言って少女は血まみれの短刀を白い布で拭いた。
白い布が赤く染まる。
「これで分かってもらえただろうか」
再び少女は、短刀を掲げ刀屋の元へ歩み寄ろうとした。
「それでどうやって分かれってんだよ」
すかさず中止の言葉を投げつける。
この少女には常識といものが甚だ欠けているのか。それとも、ただのアホか刀屋はどちらとも判断出来なかった。今の一連の動作のどこに「これで分かってもらえただろうか」の「これで」の部分が含まれているのかさっぱり理解出来ない。
まだ信用されていないと理解した少女は、少し不機嫌そうにぶすっとした顔になった。
「考えが足りないな桐ヶ谷刀屋、君はスナイパーに追われていた・・・・・・そうだろう?」
「それがどうしたんだ」
少女は俺が本当に分からないという顔をしているのを見てやれやれと首を振る。
「ヒント、この血は誰の者でしょう」
「あー・・・・・・」
そう言われれば彼女が言わんとしていることが理解できないことはない。
刀屋を殺そうとしていたのは超長距離をカバーするスナイパー系統のトラスター能力者。
しかし現れたのは血まみれの短刀をもった少女。
つまり彼女はこう言いたいのだ。
「私が君を助けてやったのだぞ桐ヶ谷刀屋」
・・・・・・まるで俺の思考を読んでいるかのようなタイミング。
「・・・・・・お前がそのスナイパーであるという可能性も否定できないわけなんだが」
「それはない」
きっぱりと少女は言い切った。即答だった。彼女は態度で潔癖さを示すかのように腕を組み大きく胸を反らして踏ん反り返った。
「それはない・・・・・・ってそれだけで納得しろと」
「考えても見たまえ私がスナイパーであればこんなところまでわざわざ足を運ぶはずがないだろう、さっさと君を撃ち殺し今頃帰宅してゆっくりと読書にも耽っているはずだ」
こいつは人を殺した後に自宅で優雅に読書できるような人種だったか・・・・・・。
「しつこいな君は・・・・・・これでも私はなかなか忙しい身なのだが・・・・・・ふむ、ではこうしよう」
何を思いついたのか少女は俺に向かって持っていた短刀を投げた。
それは俺のすぐ横でコンクリートの地面に突き刺さった。
かなりの切れ味だ、コンクリの地面にふかぶかと突き刺さった刃を見て刀屋は一度『桜花』を詳しく調べてみたいという武器商の血が騒いだが、今はその時ではないと思い直し好奇心を押し殺した。
「アブネーじゃねーか!」
「私が今から君の傷の治療をする。その間、君は私の『桜花』を持っていればいい。言っとくがこれ以上の譲歩はできないぞ」
そう言って少女は刀屋の真横へと移動する。
「待てッ!もう片方の刀もこちらに渡せ、生憎と俺はこの一本で安心できるほど神経が太くないんでね」
そう言って刀屋は視線で左の剣帯にぶらさがっている一振りの剣を示した。
「いちいちめんどくさい奴だ、もういいさっさと終わるからお前は『桜花』で我慢してろ」
真赤は、そう言うと無造作に刀屋のわきに移動し、屈み込んで治療をし始めた。
仕方なく『桜花』を地面から抜き取り、少女が変なマネをしないように構える。
「フフッ私がそんなに怖いか桐ヶ谷刀屋、私みたいな可憐な乙女が治療してあげようと言っているのだ、もっと喜んでくれてもいいんじゃないか」
ニヤニヤと笑うその顔は・・・・・・悔しいがとても魅力的に見えた。
「治療って・・・・・・トラスターはそんなこともできるのか」
刀屋は出来るだけその顔を見ないようにして聞く。
「連れない奴だなお前は、少しくらい私に付き合ってくれてもいいのではないか。フム・・・・・・まぁいいが君の質問に私の答えはイエスだ。私に限らずそれなりに技術を学んだトラスターならばある程度の治療能力を使えるようになるものだ。尤も君には無理なようだが」
果たしてそれは刀屋が一般的なトラスター能力が使えないことを指しているのかそういった技術を会得していないだろうと言われたのか刀屋は判断出来なかった。
現段階では味方だと思われる彼女に自分が『物理法則を無視した力』が行使できないことを悟られるわけにはいかない。
できるだけ切れるカードは温存しなければならない。もしもの事を考えれば当然のことだ。少女は俺のことを助けたと言ったはいたが、それが偶々であるとは言っていない。
・・・・・・つまり彼女は俺に対して何か求めるところがあるのではないか。
嬲られる弱者を放っておけないような無垢な善人ならば別段警戒するようなことでもないが、その可能性は低いように思えた。
少女はスナイパーを何らかの方法で倒し、あまつさえ刀屋の傷を治療するまでの技量の持ち主だ。
そんなトラスターがまさか善意で刀屋を助ける。
無いとは言い切れないが・・・・・・刀屋は確信していた。
少女は確固たる目的をもって助けに来たのだ。
「傷の具合はどうだね桐ヶ谷刀屋」
少女は傷口に軽く手を当てている。その手のひらからは淡く光が放たれ僅かにだが確実に肉体を修復していた。
「俺は今始めてお前という存在に感謝してもいいかなと思い始めたところだ」
本心だ。
「それは上々だ、私としては君を狩人から助けたその時点で頭を地面に擦り付けるほど感謝して欲しかったのだが、これからの君に期待しようと思う」
「怪我人にそんなことをさせようと思うのかお前は・・・・・・」
刀屋がそう言うと少女はしかめ面をして刀屋を睨んだ。
「桐ヶ谷刀屋、さっきから命の恩人である私に対しお前お前とあまりに礼節に欠けるというものではないか。せめて私に名を尋ねてみるとか考えたりしないのかね。まぁ私としてはご主人様とか神と呼んでもらっても些かの問題もないのだけれどね」
「分かりました神」
「おい、君は冗談というものが通じない人なのか。そこは私に名を尋ねてくるのが常識であると思うのだが、それともなんだ君は私のようなどこぞの馬の骨には名を尋ねる必要もないとそう言いたいのか」
そう言うと彼女は傷口に触れる手に力を込めた。
途端に激痛が痛みへの防壁を張っていなかった脳みそにダイレクトに伝わる。
「ぐぁああああああああああああああああ」
「分かった分かりました!!貴方様お名前をこの卑しいわたくしめにお教えください!」
少女の手から力が抜け、激痛が消える。
「分かってくれればいいんだ分かってくれれば、うん。私は嬉しいよ君がとても聞き分けの良い人で」
ニコニコとまるで何も無かったかのように微笑みを浮かべる少女。
・・・・・・俺はとんでもない悪魔に出会ってしまったのではないか。そんな疑問が口から漏れるのを必死に押しとどめる。それを言ってしまえばとんでもないことが起きてしまうような、そんな予感がする。
「そういえば自己紹介がまだだったな。私は紅 真赤だ、職業学生、スリーサイズは秘密だ。年齢も秘密。趣味は読書だ、特に官能小説が好みだ。好きな色はもちろん赤だ。これは当然であろう。名は体を現しまた体も名を表しているのだ。つまり必然的に私は赤色の女として覇道を進むものだと確約されていたようなものなのだよ」
聞いてもいないのにずらずらと答えられた。
趣味には突っ込んだほうがいいのか・・・・・・。
「とりあえず真赤がなかなかにユニークな人物であると俺の中で定義された」
正確には、ユニークでイカレてる人物だが。
「そうか、それは喜ばしい限りだ。私としてはこれからも君とは是非仲良くしていかなければならないと思っていたからね」
「俺としては今後のお付き合いが無いほうが幸せなんだが」
「ハハ・・・・・・なんだって。ごめんよく聞こえなかったもう一度いってくれるかな」
そう言った真赤の手が容赦なく直りかけの傷口に突きこまれた。
「ぎゃぁあああああああああああああ、すいませんでした真赤さん俺が間違ってました今後ともよろしくお願い致します!」
・・・・・・怪我人に対して傷口をえぐるようなマネをするとは、こいつ鬼畜か・・・・・・。
「ふぅ・・・・・・まぁこんなものだろう、これ以上の治療はちゃんと設備がある所でやったほうがいい。私の屋敷で世話してやろう。もちろん断るまいな」
笑顔がこれほど怖いとは・・・・・・未だかつて経験したことがない。
それでも出血はほとんど止まり傷もだいぶましになっている所を見ると彼女は信頼に値しそうだった。少なくとも真赤は敵ではないと今は信じたかった。
「どうした、なにやら浮かない顔をしているな」
鋭い女だ。いや、それとも俺は感情が顔に出やすいタイプなのだろうか。頭をひねり過去の記憶を思い出してみるが友人にそう指摘されたことはなかったはずだ。
元々俺は頭でくよくよ考えるのは向かないということか。
そうと決まればストレートに聞いてみるのが一番のように思えた。
彼女の思惑を。
「ずばり、真赤は俺を助けてどうしたいんだ。ただの偽善でスナイパーを倒してまで俺を助けるはずがない。そこにはなんらかの利害の一致があったはずだ。そこんとこをはっきりしておかないとどうにも俺はお前を信じられないな」
刀屋の問いに対し彼女は少しも逡巡せず言い放った。
「なんだそんなことか、ずばり私は君が欲しいのだ」
ビシッと俺に指を突きつけ不適に笑う彼女に刀屋は嫌な予感に胸がいっぱいになるのを禁じえなかった。
ちょっと改稿してみました
以前との違い 刀屋=武器商人
これは元々からあった設定で後で説明するはずでしたが、ここで出てきます。