第5話
あおいが退職して一か月ほどしてから、LINEにメッセージが届いた。
「バージニアウルフの『灯台へ』読みましたよ」とあって、続いて、どうだ! みたいなスタンプが送られてきた。
あおいのアカウント名はひらがなで、みやけあおい、となっていて、一瞬、誰か分からずスルーしかけてから、不意に、錆びついたシナプスが辛うじて繋がって、なんとかあおいの顔を思い出すことができた。
―――ああ、三宅葵。
あおいからのメッセージが、この先よもや届くことがあるなんて、まるで想定していなかったし、そもそもそんな話をしたことも記憶になかった。確かに、少し前に『灯台へ』を読んで、やたら感動した記憶はあるものの、それを他人に話すなんて、自分でも信じられなかった。
「そんな話、したっけ?」
返事はなかなか返って来なかった。
それでまた、あおいのことは記憶からなくなった。
それから三日くらいしてからだったか、「しましたよ」という返事があった。しましたよ? 私はまたもやすっかり忘れていたので、何が「しましたよ」なのか、思い出すのに少し苦労した。
それにしても、いつの間に私は、あおいとLINEの交換をして、なんでバージニアウルフの話なんてしたんだろう。たった一日しかなかったし、しかもあおいの周りには常に女子が群がっていて、近づくことすらできなかったはずなのに、いつどこでそんなやり取りをしたのか、まったく思い出せない。
「会議、嫌やったん?」
どうせもう会社を辞めてしまった人だし、きっとこれからだって会うこともないだろうと思ったので、遠慮なく訊いてみた。
「会議?」
「なに?」
「なんの会議っすか?」
あおいから、小だしにメッセージが返ってきた。
「覚えてへんのかい。キミが会社辞めた理由やんか」
「ああ」
「表向きの理由っすね」
やはり会議が嫌というのは本当の理由ではなかった。部長はあれから会議に対して、トラウマのように神経質になってしまっているというのに。最近はどこもかしこもハラスメントが蔓延していて、誰もが滑稽なくらいそのワードに過敏になっている。
「表向きて! キミのせいで部長、ノイローゼ気味やというのに」
「ああ、部長、ええ人でしたね。ボク好きでしたよ」
「それじゃ、いったい何が嫌やったっていうん?」




