第1話
コンタクトをつけるのがじゃまくさかったので、あおいを呼んだ。
あおいはどこにいたのか、すぐにやってきた。すぐに来ないと私が怒るからなんだけど、それにしても5分やそこらで来られるなんて、どう考えてもマンションの前で待っていたとしか思えない。
だけど私は「めちゃ早いやん、うけるわ」と言うだけで、どこにいたのかとかは訊かない。私たちの間では、それはルールだった。
あおいは私を面白がらせる義務があった。私を面白がらせるためになら、きっとなんだってやるだろうと思う。
「ほんで、何の用?」
「爪、切って」
「は?」
「爪やん爪、足の」
「絹夏さんの足の爪をオレが? なんなん、それ、自分で切ったらええやん。わざわざ俺、呼ぶ必要あるん」
あおいは雪駄をバタバタ脱いで、玄関に吊るしてある、貝殻とかビーズとかを繋いだものが何本もぶら下がっている暖簾を、鬱陶しそうにくぐりながら入ってきた。あおいが通ったあと、暖簾は揺れてぶつかり合って、しばらくばらばらと乾燥した音をたてている。
そのまま冷蔵庫に直行して、しかめっ面をしながら物色したあと、仕方ないようにして缶ビールを取り出した。プルトップに指をひっかける音が、微かに聴こえた。
「だって、あおい5分で来たやん。コンタクトつけるのに10分はかかるから、あおい呼んだ方が早いやん」
「ああ、そうか」
あおいは、ビールを一口飲んで、苦そうに、にいっと口を横に広げたあと、すうっと音を鳴らしながら息を吸い込んだ。
「めちゃ聞き分けええなあ、あおいのそういうとこ、好き」
「むーん」
「なんなん、そのむーんって。うけるわ」
あおいは変な顔をして笑って、爪切り、貸してやと言った。
私は、節がいかつくて長い指の大きな手のひらに、爪切りをのせてから、二人掛け用のソファに仰向けになって寝転んだ。肘掛けの部分に両足のかかとを揃えてのせる。するとあおいは、私の剥げかけたブルーのマニキュアが塗られたままの足の親指をつまんで、顔を近づけてじいっと見つめた。鼻息が指先を撫でる。生暖かい。
「早よ切ってや。鼻息、こしょばいわ」
「うるさいなあ、文句言いなや」
ひんやりと冷たい爪切りが吸い付くようにして触れた。迷うような小さな、ぱちんという音がする。
「身、切らんといてや」
「うん。他人の爪、切んのってむつかしいなあ」
そうっと慎重に丁寧に切っていく。
触れるか触れないかわからないくらいの、軽い、指の感触が心地いい。




