第99話 情動上書き(オーバーライト)
演算核の最深層。
そこは、黒と赤がうねる“悪夢の空洞”だった。
脈動する赤い光。
データの海が荒れ狂う。
その中心に、ラグナ思想コード(怨念)が鎮座している。
《……なぜ来た……
なぜ……ここまで踏み込む……》
声は、怒りとも絶望ともつかない揺らぎを帯びていた。
「決まってんだろ」
カケルが拳を固める。
「世界を……仲間を守るためだ」
《……世界は歪む……
仲間は裏切る……
努力は砕ける……
愛は壊れる……
お前も知っている……》
演算核の奥から、
ラグナの“過去”が映し出された。
かつて、神として人間界に干渉し、
感情の爆発や悲劇に巻き込まれ、
人間の苦悩と醜さに絶望し——
そして狂った。
《……世界を壊せば……誰も……苦しまない……
我は……悲劇を終わらせたいだけ……》
その声には、怒りと同時に——
“孤独”が混じっていた。
(……ラグナ……
お前、最初からこう思ってたのか……)
(でもな……)
「誰かが苦しんでるから世界を壊すってんなら——」
「お前は“救い”じゃなく、ただの“逃げ”だ!!」
◇
ラグナコードが咆哮する。
《——黙れッ!!!
情動は全ての争い!!
憎しみの根!!
殺意の源!!
消すべきだァァァ!!》
ズオオオオオオオッ!!!
空間全体が赤い光で満たされ、
カケルへ向けて巨大な“情動破壊波”が放たれた。
「カケル!!!」
「カケルさん!!」
「……守る!!」
「ピュイイ!!」
外から仲間たちの声が響く。
(ああ……聞こえてるよ)
(お前らの声が……
俺を前に進ませてくれる)
「行くぞォォォォッ!!!!」
カケルは拳を突き出し、
真っ赤な破壊波へ突っ込んだ。
ガアアアアアアアッ!!!
拳が光に飲まれ、
視界が焼けるように白くなる。
《——なぜ……抗う……!?》
「抗うさ!!!
仲間がいるからだ!!!
守りたいもんがあるからだ!!!」
◇
その時——
通路の外で仲間たちが叫んだ。
「行けーーーッ!! カケル——ッ!!!」
「あなたの“感情”を信じて!!」
「勝てる!!!」
「ぬるい!!!」
「ピュイイ!!」
その声が、
通路を震わせ、
演算核の奥へ、カケルの身体へ——
同時に届いた。
(……俺はもう……弱いままじゃない)
(仲間が……こんなに……)
(一緒に戦ってくれてる)
「お前に俺の感情は——」
「——消せねぇッ!!!」
◇
カケルの拳から“光”が溢れた。
それは炎でも雷でもなく——
“情動”そのものの光。
怒りの赤。
悔しさの蒼。
嬉しさの金。
仲間の温もりの桃色。
カケルが歩んできた全ての感情が、
拳に宿っていた。
《——な……何だこの波形……!!
解析……不能……
上書き……阻止……不能……!!》
「喰らえ——ッ!!!!」
カケルの拳が、
演算核の中心へ叩き込まれた。
ドオオオオオオオオオン!!!!
◇
《——演算核に重大な揺らぎ
ラグナ思想コード……崩壊開始》
「ら……ラグナ……」
黒い影が悲鳴のように揺らぐ。
《……なぜだ……
なぜ……“こんな”不安定な情動が……
合理を……破壊する……》
「決まってんだろ……」
カケルは、涙とも汗ともつかない熱い雫を流しながら言った。
「俺はもう、ひとりじゃねぇ……」
「“仲間”っていう……
最強の感情がいるんだよ!!」
演算核が大きく割れる。
パキィィィィン!!
《——崩壊率:93%
思想コード……維持不能……》
「終われ……!!
ラグナ!!!」
◇
ラグナの赤い光がひどく揺らぎ——
最後の声を漏らした。
《……情動……
……美しい……
……それでも……》
光の揺らぎが消える。
《……我は……世界を……救いたかった……》
(……そうか……
お前も……苦しかったんだな)
(だけど……
俺は違う道を選ぶ)
◇
ズガアアアアアアン!!!!
演算核が大爆発を起こし、
膨大な黒いデータの霞が空へ舞い上がる。
その中心に——
“青白い光の核(心臓)”だけが残った。
そしてカケルの手は、
ついにその中心へ届く。
「最後だ……」
カケルが囁いた。
「これで終わりにする……」
決着です!!
「仲間」という感情でシステムを上書きする。
最強のハッキングですね(物理的な拳ですが)。
ラグナの怨念も浄化され、長い戦いが終わりました。
次回、第6章最終話。
みんなで地上へ帰りましょう。




