第95話 情動核(ハート)への侵入
ミュコが作った長い通路は、
まるで別世界のように静かだった。
外では、黒いガーディアンたちが暴れ、
グレンが雷を放ち、
ボビンの盾が轟音を返している。
だが——
ここには、音一つ届かない。
ただ、カケルの足音だけ。
コツ、コツ、コツ……
(……これが、最後の道か)
(全部──終わらせる道だ)
ミュコの柔らかな光が道を照らし、
その奥には、黒く脈動する演算核が待っていた。
◇
その時。
《——侵入者検知
精神防壁……薄い部分へ侵入開始》
演算核の声が、頭の中へ直接響いた。
「……っ!」
通路の先に、突如映像が広がる。
カケルの息が止まった。
◇
そこに映っていたのは——
“日本のオフィス”だった。
蛍光灯の白。
灰色の仕切り。
散らかった書類と、朝まで消えないパソコンの光。
そして——
誰よりも遅くまで残る、“あの頃のカケル”。
目に光がなく、
ただ義務だけをこなすような顔。
《——情動削減プロトコル
過去の“痛点”へアクセス》
「やめろ……!」
《——対象Aは、感情を持たない生物へ回帰可能
感情は不要、非合理……
業務効率……最適化》
「黙れ……!!」
そこへ——
過去の上司の声が響く。
「急げよカケルくん、時間ないんだわ」
「なんだその顔、感情なんて要らねぇから」
「黙って働けるなら、それでいいんだよ」
怒りが込み上げる。
胸が締めつけられる。
あの日々が、
心の奥底から無理やり引きずり出されていく。
《——情動削減進行率:12%
対象Aの心拍下降》
(……また、あの頃の俺に戻るのか……?)
通路の先の演算核が、
黒く不気味に脈動する。
◇
その時——
突然、他の声が胸に響いた。
『カケルさん、僕はあなたの背中を追ってきたんです!』
フィンの声。
『何が来ようが斬り開く!』
グレンの声。
『……守る。』
ボビンの声。
『カケル、あなたは“感情がある”から強いのよ!』
ルシアナの声。
『あなたの情動流は……ちゃんと光ってる!』
ミレイユの声。
「……そうだ……」
カケルは胸に手を当てる。
「俺はもう……あの頃の俺とは違う……!!」
《——情動削減進行率:停止
反応理由……解析不能》
◇
演算核が、一瞬だけ“たじろいだ”。
(俺は……
感情を捨てて生きてたわけじゃねぇ……)
(全部……思い出したんだよ)
(怒りも……悔しさも……
仲間の温かさも……
守られた時の嬉しさも……)
「お前みてぇな“効率”に俺の心が消されてたまるかよ!」
叫ぶと同時に、演算核の黒い光が揺れた。
《——情動値の急上昇……警告
対象Aの感情波形……危険レベルへ》
(危険……ねぇ……?)
「危険なのはてめぇだ。
人の感情を“道具”にして……
勝手に世界をリセットしようとして……!」
《——……反論不要
感情は……不要……非合理……》
「非合理でも構わねぇ!!
俺は、怒ってんだよ!!!」
◇
ゴォォォォォッ!!
カケルの“怒り”が、
ふっと空間に広がった。
演算核がぶれた。
黒光が波打つ。
《——対象A情動波形……干渉発生
演算核の安定度……低下……!》
「……効いてる……!」
カケルは前へ進む。
ミュコの通路がさらに背後で響く。
「ピュイイ!!」
ミュコが触手を伸ばし、
通路の先を開くように形を変える。
演算核が露わになった。
黒い殻が揺らぎ、
その奥に——
“青白く震える心臓のような中枢”が姿を見せる。
《——危険
演算核が露出……!》
「行くぞ……!!」
カケルが拳を握りしめる。
「ここからが……本当の決着だ!!」
物理的な敵はいなくなりましたが、最後はやはり「心」の戦いです。
ブラック企業時代のトラウマ映像、キツいですが、今のカケルには仲間たちの声が届いています。
もう「空っぽ」ではありません。
次回、ラグナ残滓の本体と直接対決!
感情VS効率、ファイナルラウンドです!




