第9話 王都に届く、偶然の報告
……時は、査察官セレナから王都に正式な報告が届く少し前に遡る
――王都査察庁・第一審理堂。
荘厳な議場に、封印通信球の青い光が静かに脈打っていた。
七名の審理官が並び、その中央には深紅の外套をまとった男――ダリウス・バルドン。
彼の声は自信に満ちていた。
「――はい、査察官からの“正式な報告”が届いた
――私はその内容を補足するため、証言人として参りました」
整然とした言葉。
だが、それはすべて偽り。
ダリウスが言う“報告”とは、彼自身が密かに仕込ませた偽造通信だった。
通信は、領主邸に設置した複製の通信盤から送った。
魔術師に命じ、通信元を町の正式コード第七管区“正規ナンバー00173”に偽装させた。
表面上は王国の記録とも矛盾しない。
ただひとつだけ――
その偽装符号は、正式な王国魔術師の手ではなく、
国外追放となった魔導工房出身の“模倣ルーン”で書かれていた。
彼自身もそれが完全ではないことを、心のどこかで理解していた。
だが、そんな細部を気にする審理官など、いるはずもない。
そう、思っていた。
老審理官がゆっくりと尋ねた。
「つまり、あなたは通信内容をより正確に伝えるために証言に来たと?」
「はい。査察官殿がどのような判断を下したのか、私自身も詳細は知りません。
ただ、王国の秩序を守るため、報告が届いたことを確認しました。
リベリスという町における神話級武器不正使用について、
より詳しく皆さんにお話ししたい。
それだけです」
彼の声には余裕があった。
その時、封印通信球が低い音を立てた。
審理堂の光がわずかに揺らぐ。
「……通信反応? 一体どこから――」
「同一識別コード“00173”から……再送信?」
審理官たちが顔を上げた。
淡い青の光が空間に満ち、静寂を切り裂くように音声が響いた。
《王国契約通信盤:正式通信を受信。発信者識別コード、第七管区“正規ナンバー00173”》
「リベリスの正規ナンバー? しかし、報告は既に受理されているはずだ……」
「同じナンバーから、もう一度……? 一体どうなっている?」
ざわめきの中、通信球が強く光り、映像が映し出された。
そこには、セレナ・ヴァレリウス査察官の姿。
緊張に満ちた声が響く。
「王都査察庁、セレナ・ヴァレリウス――緊急報告!
こちらの王国契約通信盤が一時使用不能であり、報告の妨害を受けた。
ダリウス・バルドンによるものと思われる。
もし、そちらに報告が届いていたらそれは偽の報告書だ。
偽証を確認のこと!」
審理堂が一瞬で静まり返る。
やがて、封印通信球から王都側の応答が響いた。
《報告受理。審理一時停止。査察官セレナ・ヴァレリウスの現地判断を優先せよ。》
老審理官が、記録陣に手をかざす。
「筆跡照合を開始。発信識別コード“00173”の符号解析を――」
光の糸が二つの通信記録を走査し、微細な差異を浮かび上がらせた。
「……筆致の流れが逆転。
王国正式魔術師による《王印ルーン》と一致せず。
――模倣符号による偽装通信と断定。」
その瞬間、ダリウスの顔が蒼白に染まる。
「ま、待て! そんなことがあるはずがない! “私は”正規の通信盤から――!」
老審理官が厳然と告げた。
「筆致照合は絶対だ。
その符号は、王国認可を失った追放者の筆跡だ。
先に届いている“報告”は、正規回線ではなく模造通信盤によるものと断じる。
しかも、“私は”と申したな。言い逃れはできんぞ。」
ダリウスの唇が震えた。
すべてが崩れた。
自分が操った偽の通信が、正真正銘の“本物”に打ち消されたのだ。
《査察妨害および虚偽報告罪の容疑により、ダリウス・バルドンを拘束せよ》
近衛兵が入る。封印の鎖が光を放ち、ダリウスの両手を縛る。
「や、やめろ! 私は王国の――!」
「王国を騙る者こそ、王国を貶める」
老審理官の声が響き渡った。
偽通信の魔法陣は赤く光り、灰となって崩れ落ちた。
誰も、その灰の中に残る敗北の言葉を拾おうとはしなかった。
◇
――同じ頃、リベリス町。
カケルはベンチでリンゴをかじりながら、ウィンドウを覗いた。
《感情発生:絶望5,000 ルーメ》
《対象:ダリウス・バルドン》
「……届いたな。王都からの感情発生情報」
「はい、ダリウスが拘束されたようです」
「ほう、ざまぁ発生」
カケルはリンゴをもう一口。
「でも、思ったよりポイント低いですね」
「そりゃそうさ。器が小さい奴の絶望は、スケールも小さい」
「……つまり?」
「セコい奴は、ざまぁもミニマムってこと」
ルシアナが思わず吹き出した。
「あなた、それ名言だと思ってます?」
「いや、偶然だよ」
◇
――三日後、王都公報。
『王国通達 第1078号』
第七管区・エルグラード侯領リベリス町について、
査察官セレナ・ヴァレリウスの報告に基づき、
同地を「聖剣《セレスの剛剣:オルトロス・ブレイカー》覚醒の地」
として王国地図に登録。
勇者グレン・アルファードが正式に神話級選定者であることを認定する。
また、領主リオネル・アルヴェール侯の長期療養に伴い、
その実娘セリーネ・アルヴェールを臨時領主代理として任命。
以後、同地の行政は新領政監理下に置かれるものとする。
――王都査察庁・第一審理堂。
この報せは、南方エルグラード侯領全域に瞬く間に広がった。
“辺境の宿場町リベリス”は、その日から――
“聖剣と勇者の町”として新たな名を持つことになった。
◇
――再び同じ頃、リベリスの広場。
湖の風が町を渡る。
人々が立ち止まり、掲示板に貼られた布告を見上げていた。
「見ろよ、王都の布告!」
「『勇者の町リベリス』だって!」
「セリーネ様が新しい領主代理に! 本物のエルグラード家の血筋だ!」
「これでようやく、この町も救われる……!」
グレンは人混みの中に立ち、ただ静かに空を見上げていた。
カケルがその様子を見つめながら、淡く光るウィンドウを開いた。
《感情発生:希望・共鳴1,500,000 ルーメ》
《対象:リベリス町全域共鳴》
「……すげぇな。町全体が同時に発光してる」
「人々の心が“勇者の町”として一つになった証です」
「ふむ……偶然にしちゃ、出来すぎてる」
「たまには“必然”って言ってくださいよ!」
風がひとすじ、湖面を渡る。
遠くで鐘が鳴り、白い鳥が舞い上がる。
――勇者の町。
それは、ひとりの査察官の信念と、ひとつの“偶然”がもたらした光の名だった。
次の話は、感情負債が返済されない?
どうして?
という話です。
お楽しみに。




