第83話 侵入者検知
基幹層へ向かう光の道は、先へ進むほど細く、鋭くなっていた。
足元はかろうじて歩ける幅を保っているが、左右は完全な虚空。
光と闇の境界線を歩いているような感覚だった。
「……どんどん“音”が強くなってきてるな」
「ええ。
情動流が吸い込まれる“方向”がはっきりしてきた」
ルシアナの言う通りだった。
耳に届く低いざわめきは、先ほどより圧倒的に大きい。
まるで巨大な渦の中へ引き込まれているようだった。
——ボウ……
——ボウ……ウ……
感情が“芽吹く前”に吸い上げられる音。
それが無数に重なり合って響いている。
(くそ……胸の奥に何か引っ張られる感覚がする)
(これが“ゼロ化の力”ってやつか……?)
◇
突然、足元の光が波紋のように揺れた。
「カケル、止まって!」
「お、おう!」
二人が同時に足を止めると、
光の道の前方に“薄い人影”が複数、ぼんやりと浮かび上がった。
「……こりゃまた不気味だな」
人影は形だけを持っているが、
目鼻も口もなく、ただ“縁だけ”が光っている。
「これは……“冷律会の端末”ね」
「端末?」
「本体じゃなくて……
感情で動く神じゃない。
“ラグナ残滓の命令を中継するだけのシェル(殻)”よ」
「おいおい……
神様が“中継機”扱いってかよ」
ルシアナは強く頷いた。
「意識はないはず。
ただの命令実行機。
でも——」
その言葉の途中で。
《——侵入者、検知》
声が響いた。
いや、“声”と言うより、
空間に直接文字が浮かび、それが音に変換されたような響きだった。
《——感情パターン、解析中……》
《——恐怖:微量。怒り:高濃度。》
《——排除対象に登録》
「……感情読まれたぞ?」
「ええ。
ラグナ残滓は“感情の利用”が根幹のシステムだから」
ルシアナは短く息を吸い、カケルの腕を掴んだ。
「気をつけて。
“あなたの感情”がそのまま攻撃に使われる!」
その瞬間、
人影のひとつがカケルの怒りの波長に反応し——
バンッ!
黒い衝撃波を放った。
「おっと!?」
カケルは咄嗟に身をそらす。
衝撃波は通った後の空間を波打たせるが、
本当に“何もない”場所まで歪ませていた。
「お前これ……空間そのものを殴ってねぇか!?」
「“怒りの形”を模倣して、最適化した攻撃……
ラグナ残滓特有の戦い方よ!」
◇
《——第二解析。
対象、強度“9999”。警戒レベル:最大に設定》
「おい、勝手に俺のレベル踏み込んでんじゃねぇ!」
《——排除開始》
人影が五つ、同時に動いた。
光の縁が激しく震え、棒状の光が腕のように伸びてくる。
「カケル、下がって!」
「下がるかよ!」
カケルは拳を握りしめ、
目の前の人影に向かって一直線に踏み込んだ。
「“模倣した怒り”なんざ、俺の怒りの足元にも届かねぇんだよ!」
ガッ!
拳が振るわれた瞬間。
光の人影は、粉々の粒子になって消えた。
だが——その直後。
《——新パターン捕捉。
“保護衝動”上昇。》
「……保護……?」
カケルが反応する前に、
別の影が黒い突きを放ってきた。
狙いは——ルシアナ。
「っ……!」
「ルシアナ!!」
カケルは反射的に彼女の前へ飛び込み、肩で攻撃を受けた。
空間が、ばりん、と割れた。
痛みではなく、世界の“構造”が軋む音が背中に突き刺さる。
「く……!」
「カケル、大丈夫!?」
「大丈夫じゃねぇけど……!」
顔をしかめながらも、
カケルは両腕を広げてルシアナを背中で守った。
《——防御行動、確認。
“仲間保護”パターン分析……》
影の声が冷たく震えた。
《——攻撃対象:最優先に切り替え》
「……っざけんな」
カケルの声が低くなる。
「俺の“守りたい”って気持ちまで、
利用しようってのかよ……てめぇ」
光の道に、カケルの怒りが伝わるように震えが走った。
「そんなふざけた真似、
——絶対にさせねぇよ」
◇
「カケル、来るわ! 右よ!」
「あいよっ!」
カケルはルシアナの声の直後に飛び込み、
迫る光の腕を回し蹴りで弾いた。
「左後ろ!」
「おう!!」
拳が唸り、影が弾ける。
闇の空間に、崩れた光の粒子が降る。
二人の動きは、息が合っていた。
まるでずっと前から戦ってきた相棒のように。
◇
影がすべて消え去ると、
道の先に巨大な“扉”の輪郭が浮かび上がった。
円形の光と、中心に刻まれた膨大な文字列。
扉というより、
“世界の心臓部へ続くゲート”のようだった。
「……これが……基幹層への入口……!」
ルシアナが震える声で言う。
「奥にいるのか?」
「ええ。
ラグナの残した“影”——
冷律会を操る正体が……」
カケルは静かに拳を握った。
「行くぞ」
「ええ。
覚悟はできてるわ」
扉の前に立った瞬間——
《——侵入を検知。
情動の削減を開始します》
空間全体から声が響いた。
だが、カケルは迷わず言い返した。
「悪いな。
削減は中止だ。
——上書きに行く」
扉が、ゆっくりと、
底の方から開き始めた。
感情を模倣して攻撃してくる影たち。
怒れば怒りの攻撃が、守ろうとすれば守るための思考が読まれる。
戦いにくい相手ですが、二人のコンビネーションで突破しました!
次回、ついに基幹層内部へ。
そこでは精神そのものを削る攻撃が待っています。




