第8話 届かぬ報告と、偶然の鍵
――王都査察庁・駐在所。
重たい空気の中、通信盤の青い光が微かに脈打っていた。
セレナ・ヴァレリウス査察官は、額に滲む汗を拭いながら呟く。
「……やっぱり、ダリウスね」
机上には焼け焦げた魔具の残骸。
王都と町を繋ぐ通信装置《王国契約通信盤》の呪紋は、明らかに誰かの手で組み替えられていた。
「王都印章との共鳴を断ち切る魔封改変……。王家級の技術よ、こんなの」
査察官らしい冷静な表情の奥に、焦りが浮かぶ。
報告が届かなければ、この町は“虚偽報告”を真実として扱われてしまう。
一旦真実として扱われてしまうと、査察庁は取り合わず、虚偽の有無も追求されない。
――あと一刻で、全てが終わる。
「……あの男、どこまでやる気なのよ」
そのとき、ドアがノックもなく開いた。
静寂を破るように、軽い声が飛び込む。
「おーい、すみません、誰かいます? なんか外に“落とし物”っぽい封筒があって」
「なっ、立入禁止区域よ!」
セレナが振り向く。
そこには、場違いなほど緊張感ゼロの男――ミナセ・カケルが立っていた。
続いて、後ろからルシアナと、冒険者ギルド支部長ハリスの姿も現れる。
「査察官殿、失礼いたします。ハリス・エンドロウです。
……カケル殿が、あなた宛ての“落とし物”を拾ったと申しておりましてな」
「え? ギルド支部長まで……?」
「いえね。町の報告が届かぬと聞いて。立会いの責任くらいは果たそうと思いまして」
ハリスの声音は落ち着いているが、その目は事態を正確に見抜いていた。
カケルが封筒を掲げて笑う。
「お届けモノでーす」
「……あなた、誰?」
「ミナセ・カケル。通りすがりの配達員です」
その余裕の笑顔に、セレナは一瞬言葉を失った。
カケルが机の上に封筒を置くと、ルシアナが小走りで入ってきた。
「ちょ、ちょっとカケルさん! なにしてるんですか!」
「落とし物を拾ったから届けに来ただけだって」
「(何が“拾った”ですか。インベントリから取り出しておいて何言ってるんです!)」
「(おや、ばれてたか)」
「(ばれてます!)」
セレナは眉をひそめたが、ふと机の端の封筒を手に取った。
中を覗くと、金属の反射。
彼女の表情が一瞬で変わる。
「……ま、まさか――これ、“封印触媒”!?」
「それ? あなたが居たと思った場所に落ちてたから……届けに来ただけだよ?」
「そんな軽い口調で言える代物じゃないわ!」
セレナは震える手で金属板を持ち上げた。
それは薄く光を帯び、通信盤に呼応するように微かな震動を放つ。
「国宝級の封印解除具よ! どこの誰が――」
「まぁ、拾い物ってのは、だいたい落とした奴が悪いんだ」
「そういう事じゃなくて!」
セレナは逡巡したのち、意を決して通信盤へ近づいた。
「……試すしかない」
プレートを通信盤の縁にそっとかざす。
――バチッ。
光が弾け、青白い閃光が室内を満たした。
魔封の鎖がひとつ、またひとつと外れていく。
「封印が……反応してる!?」
「触媒が、呪紋を“正規回線”に戻してる……!」
セレナの頬を青い光が照らす。
ルシアナが息を飲んだ。
「まさか、偶然で発動したんですか……?」
「偶然にしては、ちょうどいいタイミングだろ?」
「ちょうどよすぎるのよ!」
呪紋の光が天井まで駆け上がる。
次の瞬間、封印が“音を立てて”外れた。
セレナは即座に通信盤に手をかざす。
「王都査察庁、セレナ・ヴァレリウス――緊急報告!
こちらの王国契約通信盤が一時使用不能であり、報告の妨害を受けた。
ダリウス・バルドンによるものと思われる。
もし、そちらに報告が届いていたらそれは偽の報告書だ。
偽証を確認のこと!」
青い光柱が立ち上がり、部屋全体が振動する。
光の粒子が舞い、耳鳴りのような音が消えると、天から静かな声が降りた。
《報告受理。審理一時停止。査察官セレナ・ヴァレリウスの現地判断を優先せよ。》
光がふっと消える。
セレナの肩から力が抜け、安堵の笑みがこぼれた。
「……通った……! これで町は守られた……」
ハリスが深く息をつき、静かに頭を下げた。
「査察官殿。王都への報告、確かに届いたのですね」
「ええ……ギルドの協力にも感謝します。あなたの立会いがなければ、
“独断”と取られるところでした」
「いや、こちらこそ。町を救ったのは貴女と……その“偶然製造業者”殿ですな」
セレナがカケルを振り向く。
「……あなた、何者なの?」
「通りすがりの、偶然製造業者?」
「職業おかしい!」
ルシアナがそっとウィンドウを確認する。
《感情発生:勇気(10倍)2,400,000 ルーメ》
「4人しかいないのに、この数値……?」
「王都権限者クラスの感情は、十倍波及します。セレナさんの勇気が――国中に共鳴してるんです」
「上級役人ってのは、心が動くだけで景気に影響するんだな」
「そんな経済ニュースみたいに言わないでください!」
二人の笑いが、部屋の静寂を溶かした。
セレナは意味が分からず二人を見守る。
その時――封印解除後の余熱で光っていたシジル・カタリストが、音もなく霧のように消える。
「……消えた?」
カケルは軽く笑い、肩をすくめた。
「偶然ってのは、持ち歩くもんじゃない。必要なとき、どこかから落ちてくる」
セレナはその言葉を反芻し、少しだけ口元を緩めた。
「……ありがとう。偶然の届け人さん」
「どういたしまして。次はちゃんとノックして入るよ」
封印の青い光が完全に消え、風がひとすじ、部屋を通り抜けた。
静けさの中で、ウィンドウに追加表示が浮かぶ。
《感情発生:達成感・信頼2,000,000 ルーメ》
ルシアナは目を輝かせた。
「上手いこと返済に結び付きましたね」
「まぁ、な」
その会話を聞いていたハリスが、小さく咳払いした。
「……よくわからんが、おかげで町は助けられた」
三人が笑うと、セレナも小さく微笑んだ。
――その笑みは、査察官としてではなく、一人の人間としてのものだった。
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次の話は、ダリウスがザマァされます。
お楽しみに。




