第79話 提示された“証拠”
神界最高会議の中心で、
調律柱が静かに輝きを増していた。
「では冷律会——
収穫行為に関する証明を提出しなさい」
アルシアの澄んだ声が会議場に響く。
デウス=ヴァリオスは椅子から立ち上がった。
「……証明ならば、ある」
その言葉と同時に、彼の足元から黒い揺らぎが広がる。
まるで光を拒む影の波紋が、議場にじわりと染み込むようだった。
「始まった……」
調律会の神々が緊張し、息を呑む。
◇
「まず——収穫の実行責任者、スルヴァ。
あなたに答えてもらいます」
アルシアが名指しすると、
スルヴァはぎこちない動きで立ち上がった。
「あなたは“どの神界律”に従って収穫行為を正当化したのですか?」
「……律……?」
スルヴァの瞳が揺れた。
「そう。
重大な行為には必ず根拠となる律が必要。
あなたほどの階級なら、当然それを提示できるはずです」
「……私は……任務を……遂行……」
「その“任務”の出どころを聞いているのです」
フェリシアが重ねる。
「あなたは中位以下の神。
本来、基幹層の律へ直接アクセスする権限は持っていない。
なのに、どうやってその命令を得たのです?」
スルヴァの表情が“空白”になった。
「……あ……れ……?
私は……どこから……」
その姿はまるで、
“初めて自分の行動原理を考えた”者のようだった。
「どういうことだ?」
「自分の根拠を知らない……?」
「命令の由来を把握していない……そんなはずが……!」
議場にざわめきが広がる。
その時——
「スルヴァが答える必要はない」
静かに割って入ったのは、
冷律会高位神デウス=ヴァリオスだった。
「収穫の根拠は——
基幹層からの神界律である」
議場が一気に騒然とする。
「基幹層……!?
冷律会が基幹層にアクセス……?」
「そんな権限、付与されていないはず……!」
アルシアはスルヴァへ鋭く向き直った。
「スルヴァ。
あなたは基幹層にアクセスできる階級ではない。
本来、不可能なのよ。
誰があなたに、その“律”を与えたの?」
しかしスルヴァは答えられない。
代わりに——
「基幹層が直接、我々に告げている」
ヴァリオスが淡々と告げた。
その声音には驚きも誇りもなかった。
ただ、規則文を読み上げているだけのように。
「そんな……」
「基幹層の指令を……“そのまま受け取っている”?」
「こんな事例、神界史に存在しない……!」
調律会の神々が震え始めた。
◇
「データを投影する」
ヴァリオスが指先を動かすと、
会議場中央の調律柱が反応し、光がねじれた。
浮かび上がったのは情動流の図。
しかしその一部が不自然に“黒く塗りつぶされた”ように見える。
「……おかしいわ。
“欠損”のところが……黒で隠されている?」
観測神ソルネアが目を凝らす。
「こんな表示、見たことがありません……!」
「これは何だ……?」
「情報が“遮断”されているように見えるぞ……!」
調律会の席がざわついた。
◇
ヴァリオスは淡々と告げる。
「これは情動の安定化の結果だ」
「安定化……?」
「どこが安定なの?」
「むしろ“欠損”ではないか!」
「不要な情動は削減される。
黒は“削除領域”を示すだけだ」
アルシアは厳しい声で指摘した。
「しかし……これは“観測不能”の色。
影響範囲が完全に空白になっている可能性がある」
「空白など問題ではない」
「問題よ」
調律神フェリシアが切り込む。
「情動は世界そのもの。
その流れを勝手に消すことは——」
「勝手ではない。
神界律に基づく処理だ」
「その“神界律”の出どころは?」
「基幹層だ」
ヴァリオスの声は、
“意思”よりも“機械”に近かった。
◇
カケルは黒い領域を見つめて眉をひそめる。
(……これ、“削減”なんかじゃねぇ。
“ごっそり抜けた”みたいに見える……)
黒い領域は穴のように図全体を歪ませ、
その形はどこか“生き物”のようだった。
(ただのデータって感じじゃねぇな……
なんだよ、これ……)
しかしまだ、考えに確信はない。
◇
「では次に、収穫対象となった地上の症例を提出しなさい」
アルシアの声に、ヴァリオスは指を弾いた。
「症例ならば記録してある」
空中に展開されたのは灰色の光の断片。
そこには、地上の人々の“感じかけた感情”が
煙のように吸い取られる瞬間が映っていた。
「これが……“収穫”……」
ソルネアが青ざめる。
「笑おうとした瞬間……色が消えて……」
「感情の輪郭が、そのまま奪われている……」
「ひでぇな……」
カケルは低く呟いた。
「誰も悪いことしてねぇのに……
ただ、笑おうとしただけで奪われてる」
「揺らぎは不要だ。
笑いも、悲しみも、怒りも——全てだ」
ヴァリオスの声には、やはり何の感情もなかった。
穏健派の神々が震える。
◇
その瞬間。
議場中央にそびえる調律柱が、びくりと震えた。
「……え?」
柱の光は脈打つリズムを乱し、
濁った光がねじれながら走り出す。
上へ伸びる光の筋は大きく揺れ、
まるで“心臓の鼓動”が狂ったように明滅した。
「調律柱のリズムが乱れている……!?」
「こんな揺らぎ……数千年ぶりだぞ……!」
「この階層でどうして……!」
「データが逆流している!
観測領域が……塗りつぶされていく……!」
穏健派の神々が青ざめる中で、
ヴァリオスだけは微動だにしなかった。
「証明は……以上だ」
その声は異様なほど平坦で、
あまりにも無感情だった。
◇
カケルの背筋に、
ひたり、と冷たいものが触れたような感覚が走る。
(……なんだよ、これ。
ただの対立とか、意見の違いじゃねぇ……
もっと根っこの“何か”が動いてやがる……)
しかし、この時点でそれが何かを
カケルはまだ知らなかった。
ただ一つだけ言えるのは——
神界の根幹で、すでに“何か”が軋み始めている。
「基幹層の命令」
自分たちの意志ではなく、システムに従っているだけ……。
冷律会の神々の異常性が浮き彫りになってきました。
そして調律柱の異変。神界そのものが揺らぎ始めています。
次回、暴走が始まります。
世界の感情がゼロに向かう……!?




