第78話 地上の声
神界最高会議。
光の半円形の議場の中央に、カケルは立っていた。
視線が重い。
神々の視線というものは、ただ見られているだけで
胸の奥に重しを載せられる感覚がある。
(……緊張するな、さすがに)
その横にルシアナが立ち、背を支えるように静かに息を整えてくれた。
「——では、地上代表としての証言を求めます」
アルシア・リュメインの澄んだ声が響く。
「カケル。
あなたは、急進派の行為によって地上がどのような影響を受けたか……
見たまま、感じたままを語ってほしい」
光の議場が静まり返る。
カケルは息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
◇
「……最初は、よく分からなかった」
カケルの言葉は素朴だった。
だが、その素朴さが逆に響く。
「町の人たちの“声”が……
なんか、軽いっていうか、力が入ってないっていうか。
笑ってても、空気に重さがなかった」
穏健派の神々がざわつく。
「そして、ある日、俺の“帳簿”で気づいたんだ。
感情が減ってるって」
冷律会のヴァリオスが微動だにせず、ただ冷ややかに見下ろしている。
「俺は最初、自分のせいだと思った。
前借スキルでラグナを倒したせいで、
世界中から感情を奪ったのかもしれないって……
本気で思った」
ルシアナがそっと目を伏せる。
「でも違った。
町のどこかに、何かが仕掛けられてた」
会議場の空気が変わった。
「感情を吸い取る装置だ。
人間が“感じる前に”吸われるから……
人の心が薄くなっていった」
「……!」
調律会の調律神フェリシアが目を見開いた。
「それは感情律の重大な侵犯です」
「わかってる。
でも重要なのは――」
カケルはヴァリオスをまっすぐ見た。
「それをやられた側の“気持ち”だ」
◇
「みんな、なんとなく気づいてた。
『最近元気が出ない』
『疲れやすい』
『何をしても面白くない』」
カケルは拳を握る。
「でも、原因がわからないから……
自分のせいだと思っちまうんだよ」
議場のあちこちから色が消えたような沈黙が広がる。
「本当は、お前ら冷律会の収穫のせいなのに。
人間はみんな“自分が弱いからだ”って思っちゃうんだ」
カケルは、声を震わせずに言った。
「それが……一番許せなかった」
◇
調律会の神々の間に、静かな波紋が広がった。
調律神フェリシアが言う。
「地上に不調が出ていたのは聞いていました。
しかし原因は特定できていなかった……
あなたの証言は貴重です」
記録神コルダも低くうなずいた。
「地上の情動流の“薄まり”……
我々が観測していた“欠損”にも一致する」
その言葉に、ヴァリオスが初めて反応した。
「欠損ではない。
不要な情動の“削減”だ」
冷え切った声だった。
「心が弱る? 活力が失われる?
それは“安定化過程”だ。
我々は正しいことをしている」
「……正しい?」
カケルは、静かな怒りを込めて言った。
「人間の感情を勝手にいじっておいて、
何が“正しい”だよ」
「感情は変動が激しすぎる。
放置すれば世界は混乱する。
ならば——芽の段階で摘むべきだ」
「お前らの“都合”だろ、それ」
「都合ではない。
秩序だ」
ヴァリオスの声はあくまで無機質。
そしてその無機質さこそが、
カケルの胸に深い違和感を落とした。
(……なんだ、この感じ……
ただ冷たいだけじゃない。
“何か”が足りない……?)
けれど、このときのカケルはまだ気づかない。
それが“急進派の根源的異常”だということに。
◇
アルシアが会議席を見渡した。
「冷律会、調律会双方の意見と、
地上代表カケルの証言をもって……
これより、正式な調査を開始します」
調律柱が光を強めた。
「冷律会、
収穫行為の証明を提出しなさい」
その瞬間——
ヴァリオスの周囲に黒い“揺らぎ”が生じた。
けれど、それが何を意味するのか、
まだ誰も理解していなかった。
カケルの証言回でした。
神々の前でも物怖じせず、奪われた側の痛みを代弁できるのがカケルの強さですね。
しかし、冷律会の反応は相変わらず機械的です。
次回、冷律会が提示した「証拠」。
そこに映っていた黒いノイズが、会議場を凍りつかせます。




