第77話 神界最高会議へ
アルシアに導かれ、カケルたちは光の回廊を歩いた。
金色に揺れる床の下では、人々が発した“感情の残渣”が川のように流れている。
「……これが、神界に来た感情の流れか」
「ええ。調律会はこれを整え、世界のバランスを守っているの」
「へぇ……きれいだけど、何か怖いな」
「怖い、という感覚は正しいわ。
ここは“人間が触れてはいけない領域”だから」
ルシアナの声には、かつて仕えていた世界への緊張がにじんでいた。
◇
回廊の先に巨大な光の門が現れた。
アルシアが手をかざすと、音もなく開く。
「ここが——神界最高会議よ」
内部は広大な議場だった。
半円形の席が幾重にも重なり、中央には調律柱が立っている。
柱は静かに脈を打ち、光が波紋のように会議場を満たしていた。
「……すごいな。なんか、でっかい国会みたいだ」
「あなたの例えはよく分からないけれど……
ここは神界でもっとも重い場よ」
すでに穏健派の神々が集まり始めていた。
アルシアの登場に、ざわりと光が揺れる。
しかし——
議場の奥には異様に静かな一角があった。
暗い席に一人、座っている神。
冷律会高位神・デウス=ヴァリオス。
◇
ヴァリオスがゆっくりと顔を上げた。
冷たい視線がこちらを射抜く。
「調律会は……いつから人間を会議に招くようになった?」
その言葉だけで、場の空気が重く沈む。
アルシアが一歩進んで答えた。
「冷律会の行動に、地上との因果が確認されたためです。
検証に必要な当事者を呼んだまで」
「当事者……ね」
ヴァリオスの声は平坦で、感情が読み取れない。
「だが、神界の秩序を決めるのは神々だ。
人間の言葉に左右される道理はない」
調律会の神々がざわつく。
カケルは小さく息を吸って、前に出た。
「左右されるかは知らねぇけど……
言いたいことくらいは言わせてもらうぜ」
「ほう?」
「お前らの“収穫”が、地上の人間の心を弱らせてる。
理由はどうあれ……それは絶対に間違ってるだろ」
ヴァリオスは瞬きひとつしなかった。
本当に感情がないかのような視線。
「……感情は管理されるべき資源だ」
「資源じゃねぇよ。
生きてる人間が感じてるものだろ」
「だからこそ、制御する価値があるのだ」
あまりにも淡々と、当然のように言う。
その冷たさに、ルシアナが小声で言う。
「……冷律会の神々って、あんなに……冷たい話し方だったかしら」
「前に会ったスルヴァも、なんか変だったけど……
あいつは輪をかけて“無機質”だな」
カケルは眉をひそめた。
(感情が薄い……んじゃない。
“何か”が抜け落ちてる感じ……)
しかし、それが何なのかはまだ分からなかった。
◇
アルシアが厳然と言い放つ。
「デウス=ヴァリオス。
冷律会は情動律に対する重大な疑いをかけられている。
ここで説明しなさい」
「説明……か。
必要ない。
我々は“正しく仕事を遂行している”だけだ」
「ならば——検証するほかないわね」
アルシアの指先が調律柱を指した。
柱の光が揺れ、会議場の中央に巨大な情動図が映し出される。
しかし——
図の一部は“黒く塗りつぶされたように欠損”していた。
「……なんだこれ」
「地上の情動流……一部が“消失”している」
調律会の神々がざわつく。
「冷律会が何かしたのでは……?」
「いや、これは構造的な崩れ……?」
「どういうことだ……」
ヴァリオスだけが、ピクリとも反応しない。
「どういうことでもない。
情動の流れは“管理されるべきだ”。
それだけだ」
その言い方が、まるで
“古い規則を読み上げる機械” のようだった。
カケルは背筋に寒気が走る。
(……やっぱり何か“変”だ。
けど、それが何なのか……まだ掴めねぇ)
彼はまだ知らない。
この違和感こそ——
“ラグナ思想”の影が神界にじっと潜んでいる証だった。
しかし、この段階では、誰もそこまで辿りつけない。
◇
アルシアが振り返り、カケルに告げた。
「——カケル。
あなたには、冷律会の行いを“地上の視点”から語ってもらう必要があるわ」
「わかった。
俺は見たものしか言わねぇけどな」
会議場の視線がカケルに集中する。
調律会も、冷律会も。
そして光の柱も。
世界の命運が、ひとつの人間の言葉に集まっていた。
神界の国会のような場所、最高会議。
冷律会のトップ、デウス=ヴァリオスが登場しましたが……様子がおかしいですね。
会話が成立しているようで、根本的に何かが噛み合っていない不気味さ。
次回、カケルが全神々の前で証言台に立ちます。




