第76話 神界への門が開く
鐘楼を出たころ、町はすっかり夕闇に沈みはじめていた。
空気の色が戻り、感情の流れも元通りになっている。
ついさっきまで“薄さ”が漂っていた世界が、今は静かに脈を取り戻していた。
「……戻ったな、ほんとに」
「ええ。急進派の装置が止まったおかげで、町の感情流量も正常よ」
ルシアナは小型観測器を見ながら、ほっと息をついた。
「けどよ、あいつらの話じゃ……次は神界が舞台なんだろ?」
「そのはずよ。冷律会の収穫は神界の内部システムに刻まれた“ラグナ思想”の残滓。
本当に止めるには、そちらに踏み込むしかないわ」
その言葉を引き取るように――
カケルの前に、金色の光が揺らぎはじめた。
まるで空間に“溝”が入ったように、淡い輪が広がる。
「……ルシアナ、これって」
「調律会が開いた通行門。
神界へ向かう正式ルートよ」
輪が光を凝縮し、やがて直径一メートルほどの金環となった。
内側には、白と金の“別の空”が揺れて見える。
「向こうは……調律会か」
「ええ。大調律神アルシア様が呼んでいるのだと思うわ」
「アル……なんだって?」
「神界政治のトップよ。
私の“元上司”みたいなものね」
その言葉に、ミュコが「ぴゅいっ」と震えた。
「怖い存在なのか?」
「くそ真面目、いえ真面目なのよ……怒らせると、とても静かに怖いわ」
「静かに怖いのはやめてくれ」
◇
仲間たちが門の前に集まってきた。
「カケル、気をつけてね……」
「絶対、無事に戻ってこいよ」
「データ採取は任せてください……うう、行きたい……!」
フィンもボビンもミレイユも、口々に言葉をかけてくれる。
「みんな、本当にありがとな」
カケルが笑うと、ルシアナは彼らに向き直った。
「ごめんなさい。
神界は“人間にとって有害”な層もあるの。
行くのは、カケルと私だけ」
グレンは腕を組んでにやりと笑った。
「なら、町のことは任せとけ。
お前らが帰ってくる場所くらい、ちゃんと守っとく」
「……ありがとう」
カケルは深く頭を下げた。
◇
「行くわよ、カケル」
「ああ」
二人と一匹は、金環の光に触れた。
世界が反転し――
空間の境界が音もなくめくれあがる。
◇
白と金の世界が広がった。
透き通る床は水面のように揺らぎ、
巨大な調律柱が何本も空へ伸びている。
大地は幾何紋様の光を放ち、
空のようで空ではない天が全方向に続いていた。
「ここが……神界……」
「調律会の本殿、《カレイド・サンクトゥム》。
世界中の情動流を“調律”する場所よ」
ルシアナの声に微かな緊張が混じる。
「……迎えが来たわ」
振り返ると、金の光を纏う神性体が数名、整然と並んでいた。
彼らは人間とは明らかに違う“世界の光”そのもののような存在だ。
そして、その中心に立つ女性神――
アルシア・リュメイン。
穏健派を統べる“大調律神”である。
◇
「久しいわね、ルシアナ・フェルシア。
あなたが——人間を連れて戻る日が来るとは思わなかった」
アルシアの声は澄み切っていて、しかし威圧感を帯びていた。
「大調律神アルシア様……
ただいま戻りました。
地上にて冷律会の違法収集行為が確認されました!」
ルシアナが即座に頭を下げる。
アルシアは彼女をじっと見つめた後、
カケルへ視線を移した。
「あなたが……“カケル”」
「ああ、まあ……そうだな」
「地上の人間が神界に足を踏み入れるのは、本来絶対にありえない。
あなたの存在は、この世界律にとって“異物”でしかない」
「異物ね……よく言われるよ」
神界で笑える神経は、もはや尊敬すべきなのかもしれない。
「しかし、冷律会の暴走は看過できない。
説明を聞きましょう。
どうしてあなたがここに来る必要があったのか」
カケルは一歩前に出て言った。
「簡単さ」
白金の空気に、声がよく響いた。
「“感じる”ってことを奪う奴が許せねぇからだ」
神界の空間が微かに揺らいだ。
アルシアの神性の輝きがわずかに動く。
「その感情……地上の人間にしては強いわね」
「この世界でようやく取り戻したんだよ。
前の世界じゃ、感情なんか持ってたら潰されるだけだった。
でも、やっと……やっと取り戻したんだ。
それをまた奪おうとする奴がいるなら、どこにだって殴り込む」
アルシアはしばし沈黙し、やがて静かに頷いた。
「……ルシアナ。
あなたと彼を、神界最高会議へ案内します」
周囲の調律会の神々が一斉にざわめいた。
「最高会議……!
本気なのですね……!」
「冷律会の背後に“ラグナ思想の残滓”があるなら、
なおさら見過ごすわけにはいかないわ」
アルシアは振り返り、光の道を示した。
「ついてきなさい。
地上の人間——カケル。
あなたの“感情”が、神界を揺るがすかもしれない」
「上等だ。
揺るがしてやるよ」
「ぴゅい!!(がんばる!)」
◇
こうして、カケルとルシアナは――
神界の中心へと踏み込む。
冷律会の真相へ。
そして、ラグナ思想の残滓が眠る“核心”へ。
物語は、いよいよ神界編に突入する。
ついに神界へ突入です!
アルシア様、厳格そうですが話の通じる神様でよかったですね。
カケルとルシアナ、二人(と一匹)だけの旅立ちかと思いきや、仲間たちの絆が熱いです。
次回、神界最高会議へ。
そこで待っていたのは、あまりにも冷たい神々でした。
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