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異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?  作者: 早野 茂
第6章 神界の感情泥棒と暴走する世界初期化(ゼロ・コード)

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第75話 カケル、問いを突きつける

 鐘楼の中に残る黒い霧が晴れ、

 壊れた感情吸収装置の残骸が陽に照らされて光っていた。

「……全部壊したな」

 グレンが剣を肩に担ぎ、荒い息をつく。

 ミレイユの測定器の針も落ち着き、町から“薄さ”は消えつつあった。

「でも、これで終わりじゃないわ」

 ルシアナが低く言った。

 その言葉に呼応するように――

 床に残った影が膨れ上がり、人の形を結ぶ。

 白い仮面。

 冷律会の使者――スルヴァ。

「感情吸収装置を破壊したか。

 やはり君は“危険指定”のままだ」

「どうでもいい。今は――」

 カケルは一歩踏み出した。

「聞きたいことがある」

「……ラグナの件だな?」

 カケルは頷いた。

 

 ◇


「俺は、前借スキルでラグナを倒した時、

 “140億ルーメ”の負債を背負った」

 ボビンの肩がびくりと揺れた。

「でもラグナは、本来“人々から感情エネルギーを奪う存在”だった。

 戦いを通して、破壊を通して、

 世界中の怒りや恐怖や悲しみを“収穫するはずだった”」

 カケルはスルヴァをにらみ据える。

「だったら――

 俺の負債になった“本来発生するはずだった感情”と、

 ラグナが奪うはずだった“収穫量”は、

 どこかで相殺されてもいいんじゃねえのか?」

 鐘楼を沈黙が包む。

 やがてスルヴァは口を開く。

「……いいだろう。答えてやる」

 

 ◇


「まず、君が背負った“140億ルーメ”だが――」

 スルヴァが指を鳴らす。

 光の図が空間に現れ、人々の胸から膨大な情動が溢れる幻想が描かれる。

「それは“ラグナを正攻法で討伐した際に発生するはずだった”

世界中の人間の怒り・悲しみ・歓喜・安堵。

その本来の情動が、前借によって“発生確定扱い”となり、

帳簿へ先に流れ込んだ負債だ。」

「本来はこれから発生するはずだったのに、

 俺が因果をねじ曲げたせいで先にカウントされた……と」

「その通りだ」

 

 ◇


「対して――」

 スルヴァはもう一つの光を描く。

 小さな光の粒、“情動の芽”。

「ラグナが本来“収穫として奪うはずだった感情”は、

まだ誰にも感じられていない‘情動の芽’だ。

怒る前、悲しむ前、喜ぶ前。

ただの“未来の可能性”にすぎない。」

「……未発生ってことか」

「そうだ。

 未発生の情動は帳簿に“0”として扱われる。

 よって、君の負債と相殺は一切成立しない。」

 カケルの表情がかすかに揺れた。

 

 ◇


「さらに言えば――」

 スルヴァは指を軽く振る。

「我々急進派の収穫方式は、

‘情動の芽’を97〜99%奪い、

 残りの1〜3%だけが人間の感情として芽生えるにすぎない。」

「だから……町のみんなの感情が“薄かった”のね……」

 ルシアナの声が微かに震えた。

「そして、その1〜3%の中から、

 さらに一部を吸い上げる。

 それが君の帳簿に“マイナス値”として現れた部分だ」

「じゃあ……相殺されるのは……?」

「‘せいぜい1%程度だ’。

 本来発生するはずだった巨大な情動に対して誤差にすらならない。

 ゆえに――」

 スルヴァははっきりと言った。

「140億ルーメの大半は“純負債”として

そのまま君に残る。」

 

 ◇


 鐘楼の空気がわずかに揺れた。

 カケルは目を閉じ、息を整える。

「……スッキリしたよ」

「ほう?」

「ずっと気にしてた“相殺されない理由”。

 お前の説明で全部つながった」

 そして、ゆっくり目を開く。

「でもな、スルヴァ」

「なんだ?」

「ひとつ……どうしても言っておきたいことがある」

 

 ◇


「俺は……」

 カケルは拳を下ろし、視線を落とした。

「前の世界じゃ、

 感情なんて持ってたら死ぬような職場で働いてたんだよ」

 スルヴァの動きが止まる。

「ブラック企業ってやつだ。

 怒鳴られて、理不尽押しつけられて、

 何を言っても聞かれなくて……

 感じれば感じるほど、心が磨り減っていった」

 ルシアナが息を呑む。

「だから俺は――

 自分を守るために感情を捨てた。

 嬉しいも悔しいも、怒りも悲しみも……

 全部感じないようにして生きてたんだ」

 ミュコが小さく「ぴゅ……」と鳴いた。

「でも、この世界に来て、

 前借亭のみんなと出会って、

 バカみたいに笑って、

 くだらないことで泣きそうになって――

 やっと“感じる”ってことを取り戻したんだ」

 そして、スルヴァを見据える。

「なのにお前ら急進派は……

 “効率”だの“安定”だの、

 昔の会社の社長と同じ理屈で、

 また人の感情を削っていく」

 拳が震えた。

「俺が前の世界で奪われてたものは……

 他ならない“感情”だった。

 そして皮肉なことに、この世界でも同じ理屈で奪われてた」

 スルヴァの仮面の奥で、空気が揺れた。

「だから言うんだよ」

 カケルはまっすぐ言い放つ。

「俺は……“感じる”ってことを奪う奴が許せねぇだけだ。」

「お前ら冷律会とは、絶対に敵対する。」

 

 ◇


 スルヴァはしばし沈黙し――

 仮面の奥で笑ったように見えた。

「……面白いな、カケル。

 やはり君は、神界にとって“異物”だ」

「そりゃどうも」

「ならば――

 次は神界で決着をつけよう」

 影が揺れ、スルヴァの姿は闇に沈んだ。

「調律会と冷律会。

 感情を守る者と、管理し尽くす者。

 神界で君がどちらに立つのか――

 見せてもらう」

 

 ◇


 静寂の中、ルシアナがそっと近づく。

「カケル……

 ありがとう。

 あなたの言葉……とても嬉しかった」

「別に格好つけたんじゃねぇよ。

 ただ……二度と、

 俺みたいに感情を奪われる奴を見たくないだけだ」

「ぴゅいっ!(まけない!)」

 ミュコが胸を張った。

「行くわよ、カケル」

「おう。全部決着つけようぜ」

 鐘楼の外で太陽が沈む。

 光の残滓が赤く揺れ、

 新たな戦い――神界編の幕開けを告げていた。

負債が相殺されない理由、なんとなく理不尽ですが「システム的な理屈」としては通ってしまいました。

でも、カケルの怒りはそこではありません。

「感じることを奪う奴は許さない」。

彼の原点にかかわる叫びでした。


次回、いよいよ舞台は神界へ!

調律会の大物が登場します。


引き続き、応援よろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
カケルの負債の理不尽さは、わかったけど、なんだかなぁ〜。 カケルの感情が平坦となったその理由は、やはり社畜時代が関係してた。でも、今は、みんなが側にいる。それを実感しているカケルなら大丈夫。 これから…
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