第74話 感情吸収装置(プローブ)を破壊せよ!
リベリスの町の夕暮れは、本来なら香辛料の匂いと店のざわめきに満ちているはずだった。
だが、この日は違った。
空気がどこか薄い。
色も音も、輪郭が曖昧だ。
「……やっぱり、まだ吸われてる」
ミレイユが測定器を睨んだ。
針が細かく震え、画面には無数の穴のような“抜けノイズ”が走る。
「これ……複数箇所から感情が漏れてる。
今朝の装置だけじゃないわ!」
「スルヴァの奴、町中に仕掛けたってわけか」
カケルは舌打ちした。
「行くわよ。感情の濃度が低い区画を優先して回るわ」
「任せなさい」
「行くぞフィン!」
「ぴゅいっ!」
グレン、ボビン、フィンが武器を構え、四方へ散った。
町全体を舞台にした――
感情奪還ミッション が始まった。
◇
「ここ……だよな……」
フィンが指差した建物裏の小道。
そこにあったのは――
灰色に脈打つ結晶の塊。
黒い触手のような管が地面へ伸び、
近くの店の人々から“喜び”の波を吸い上げていた。
「……あの店の兄ちゃん、さっきから笑顔が全然なかった理由……これか」
カケルが駆け寄り、結晶を蹴り上げる。
――バキィ!!
外殻が割れ、黒い管が暴れ狂う。
「ぬるい!」
ボビンが盾で弾き飛ばすと、ミレイユが後ろから魔力で押し返す。
「いまだカケル!!」
「おう!!」
カケルの拳が結晶コアを殴り抜き、装置は一瞬にして霧散した。
【感情ログ:減少停止】
「……一つ目、終了!」
◇
「次は……これか!」
ミレイユの測定器を頼りに、フィンが飛び込んだ。
噴水の裏から地下水路へ降りると――
薄い霧の中で、巨大な“装置樹”が鎮座していた。
管が何十本も伸び、上の広場へ向けて吐息のように吸い込むたび――
広場の人々の顔色が失われる。
「でっか……」
「これ、町の中心の“喜”を丸ごと吸ってる……!」
ルシアナが叫んだ。
「止めるぞ!」
グレンが聖剣を引き抜き、根元へ振り下ろす。
――ガギィィンッ!!
光が走り、装置樹の幹が裂ける。
だが管が暴れ、ルシアナの足へ絡みついた。
「きゃっ――!」
「ルシアナ!」
フィンが飛び込み、短剣を閃かせる。
――シャッ!!
絡みつく管を切り裂き、ルシアナを抱えて跳び退いた。
「ありがとう……!」
「大丈夫ですか!?」
その隙間を狙って、カケルがコアへ拳を叩き込む。
――ドンッ!!
コアが粉砕し、地下に響くような震えとともに装置樹が崩れ落ちた。
【感情ログ:広場一帯の減少停止】
「二つ目、終わり!」
◇
「反応は……ここよ!」
最後の座標は、町外れの古びた鐘楼だった。
階段を駆け上がると――
そこに、最も異様な光景があった。
鐘の真下に、黒い“漏斗”のような装置が逆さに浮き、
鐘の響きに反応して“怒”と“悲”を吸い上げている。
「……見つけたか」
低い声が響く。
鐘の影から歩み出たのは、仮面の男――
スルヴァだった。
「この装置は、町全体の“負の感情”を回収する大口だ。
壊されると困るのだよ」
「困る? ふざけんな」
カケルが言うより早く、ボビンが盾を構えて突っ込む。
「ぶっとばす!!」
「無駄だ」
スルヴァの指先が軽く動く。
――ズッ!!
空気が震え、ボビンの体が弾き飛ばされた。
「ボビン!!」
「ぐっ……すまん……!」
スルヴァは鐘楼の中央へ歩み寄り、装置に手を当てる。
「これほどの効率性を、調律会は理解できない。
感情は“資源”だ。
人間が湧かせる以上、回収するのが理にかなっている」
「だから盗むのか? 人の心を?」
「そうだ。
君たちが過剰に持つからだ」
ルシアナが震える声で叫んだ。
「スルヴァ……あなた、本当に……
感情そのものを“殺す”つもりなの!?」
「殺す? 違う。
神界が優先だ。
人間はその次だ。」
ルシアナの表情が怒りで歪む。
「……本気で言ってるのね……」
「当然だとも」
◇
スルヴァが装置へ手を添えたまま、仮面越しにカケルを見る。
「さあ、道標よ。
負債を返し続ける“便利な器”よ。
君の値の揺れは我々にとって最高の誘導――」
「黙れ」
鐘楼の空気が震えた。
「俺は……
仲間が奪われるのを黙って見ていられるほど、
器用じゃねぇんだよ」
「……?」
「お前の理屈は聞き飽きた。
神界がどうとか、感情がどうとか……
そんな都合を他人に押し付けんな」
拳が握られる。
「人の心を勝手に扱う奴は、
今日全部まとめてぶっ壊す」
スルヴァの肩がわずかに揺れた。
「……戦うつもりか?」
「戦うつもり“しか”ねぇよ。
まずはその装置からだ!」
カケルが飛び込む。
スルヴァは反応する――
が、その瞬間。
「ぴゅいぃぃ!!」
ミュコが鐘を思い切り叩いた。
鐘の大音量が装置を共振させ、コアがむき出しになる。
「今だカケル!!」
「任せろ!!」
カケルの拳が、露出したコアを――
粉砕した。
鐘楼全体が光に包まれ、装置は跡形もなく消えた。
【感情ログ:町全域の減少停止】
◇
スルヴァは一歩、後ずさる。
「……なるほど。
君は確かに“危険指定”に値する」
「今頃気付いたか」
「だが今日はここまでだ。
次は……神界で会おう」
影が揺れ、スルヴァは煙のように消えた。
◇
鐘楼に残ったのは、夕焼けの光と、息をつく仲間たち。
「……全部壊したのか?」
「ええ。もう、町の感情は抜かれていないわ」
ルシアナの声はまだ震えている。
「ありがとう、みんな……
そしてカケル……あなたがいなかったら……」
「気にすんな。
怒らせた奴が悪いんだよ」
「ぴゅい!!」
ミュコが胸を張る。
だが――
これはまだ、序章にすぎなかった。
スルヴァが去り際に残した言葉が、カケルの胸に重く沈む。
“次は……神界で会おう”
それは新たな戦いの開幕を宣告する響きだった。
町中を駆け回る総力戦でした。
ボビンの盾、やっぱり頼りになりますね。
そして鐘楼でのスルヴァとの対峙。彼の言う「神界」で、一体何が起きているのでしょうか。
次回、カケルがスルヴァに突きつける「問い」。
140億ルーメの負債の謎が、少しだけ解けるかもしれません。




