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異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?  作者: 早野 茂
第6章 神界の感情泥棒と暴走する世界初期化(ゼロ・コード)

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第72話 感情ドロボウを突き止めろ!

 昼下がりの《前借亭》――のはずが、その空気は妙に重かった。

「……まただ」

 カケルはカウンターの隅で、浮かび上がった光のウィンドウをにらんだ。

 感情出納帳の“減少ログ”が、さっきから数秒おきに表示され続けている。

 【感情:-5ルーメ】

 【感情:-12ルーメ】

 【感情:-8ルーメ】

「いや、待て……俺、今なにもしてねぇよな……?」

 ログは、まるで水道の蛇口が壊れたようにポタポタ流れていく。

「……カケル、それ見せて」

 ルシアナがカウンター越しに覗き込む。

 幾度も見てきた帳簿だが、この動きには彼女も眉をひそめた。

「あなたの動きと連動してない……完全に外部からの“引き抜き”よ」

「え……じゃあ、俺関係ないの?」

「当たり前でしょう。あなたが今ここに座ってるのに、連動するわけないじゃない」

「いや俺悪くなくね?」

「今回は本当に悪くないわよ」

 そんな会話をしている間にも、ログは止まらない。

 【感情:-21ルーメ】

 【感情:-17ルーメ】

「減るスピード……上がってる……」

 ルシアナの声が低くなる。

 そして彼女は、帳簿の下部に新しく浮かんだ小さな白いアイコンに気づく。

「……“追跡モード”? こんなの、今まで……」

「押していいのか?」

「迷ってる暇はないわ。押す!」

 カケルが指を伸ばし、アイコンをタップした。

 ウィンドウが切り替わる。

 感情の減少ログの横に、座標が走り書きのように浮かんだ。

 →【座標:リベリス南西区・裏路地:結界反応小】

 →【座標:リベリス中心街・広場付近:感情揮発】

「……町の中だと……?」

「行くわよ、カケル!」

「お、おう!」

「ピュイ(連れて行って)」

 二人と1匹は飛び出した。

 

 ◇


 広場の裏路地は、いつもの雑踏とは違い静まり返っていた。

「ここだ……座標はこの壁の裏」

 ルシアナの指差す先――

 古びた倉庫の影に、妙な光が脈打っていた。

 灰色の結晶に、黒い管が絡みついている。

 先端の小さな口が、空気をゆっくり吸い込むたび――

 カケルの帳簿が震えた。

【感情:-9ルーメ】

「……うわ、これ……本当に吸ってるぞ……」

「神界製の……“感情直接採取器”。急進派のものよ」

「こんなもん町ん中に置くなよ……!」

 その瞬間。

 店の向こう側から、誰かの声がふらついた。

「……あれ……なんだっけ……私……何してたんだ……?」

 通行人の女性が足を止め、虚ろな目で辺りを見渡す。

 瞳は色を失い、焦点が合っていない。

「っ……この装置の影響よ!」

 ルシアナが駆け寄り、魔力で女性を支える。

「感情エネルギーを抜かれすぎて、一時的な混乱状態になってる!」

「これ壊せば戻るのか?」

「ええ! でも触ると――」

 言い終える前に、ミュコが「ぴゅいっ!」と叫びながら装置に飛びかかった。

「おいミュコ!?!?」

 結晶が振動し、黒い管が暴走する。

 ――ビシッ!

 装置に亀裂が入る。

 カケルは咄嗟に飛び込み、ミュコを肩に乗せると足で結晶を蹴り上げた。

 ――パリン!

 灰色の結晶が破裂し、黒い管が煙になって消える。

 装置が霧散した瞬間、広場の空気が軽くなった。

「ミュコ、ナイス!」

「ぴゅいっ!」

「……って、この装置……今の蹴り方で壊れる仕様なの……?」

「いや俺悪くなくね?」

 

 その時だった。

 倉庫の屋根の上に、“影”が落ちた。

「…………壊されると困るんだがな」

 低い声。

 ゆっくりと影が立ち上がり、月明かりに輪郭が浮かぶ。

 黒衣に、神界式の仮面。

 細いシルエットと異様な静けさ。

「っ……神界の……!」

 ルシアナの顔が険しくなる。

「ようやく見つけたと思ったら……随分と邪魔をしてくれる」

 仮面の男が、冷たい視線を落とす。

「その装置……お前の仕業か?」

 カケルの声は自然と低くなった。

「仕業? 違うな。これは“任務”だ。

 ――我々、急進派である冷律会の。」

「冷律会……」

 ルシアナが息を飲む。

「感情の直接採取は、神界全体のためだ。

 地上の者たちが必要以上に感情を抱えれば、世界が濁る。

 ――だから間引く。効率的に。確実にな」

「……だったら尚更許さねぇな」

 カケルが一歩前に出た。

「お前、さっきから勝手な理屈並べてるけどよ。

 人の感情を勝手に吸って“効率化”って、正気か?」

「感情は資源だ。

 お前たち人間は使うだけ使い、溢れさせるだけの存在……」

「だったら、それを“盗む”お前らは、ただの泥棒だ」

 仮面の男が一瞬だけ黙り、そして低く笑う。

「泥棒? 違う。

 我々は“管理”しているだけだ。

 ――ラグナも。

 ――四魄柱も。

 同じ理屈で動いていたにすぎない」

 空気が凍りつく。

「ラグナが……四魄柱が……?」

「当然だ。

 彼らは我らの“理念”をよく理解していた。

 君たちが倒したあの存在も、最初から“収穫者”だったのだよ」

「…………っ」

 ルシアナの指が震える。

 カケルは――静かに、視線を落とした。

「……なるほどな」

 短く吐き出した息は、怒りでも叫びでもなかった。

 ただ静かな、深い底から湧き上がる声。

「俺は……

 前借なんてふざけたもんを使ったせいで、

 ずっと世界中から感情を奪っちまったと思って……

 必死で返してきたんだよ」

 仮面の男は無言で見下ろす。

「でも奪ってたのは――

 ラグナで、四魄柱で、

 そして“お前ら神界の冷律会”だったってわけか」

 風が止まった。

「負債がどうとか、世界のリセットがどうとか……

 全部お前らの都合の良い言い訳だったんだな」

 カケルは顔を上げる。

 怒りでも、激昂でもない。

 ただ“許さない”と決めた人間の目だった。

 仮面の男がわずかに身じろぎする。

「――ッ!」

「覚悟しとけ。

 お前ら“泥棒”を全部ぶっ潰す」

 男が手をかざすと、影が揺れた。

「危険指定……納得だ。

 だが今日のところは観測のみ……失礼するよ」

 影が煙のように揺れ、屋根の上から消えた。

 

 ◇


「カケル……」

「悪い。怒鳴り散らすつもりはなかった」

「いいえ……それでいいの。

 あなたが怒ってくれて……私は……」

 ルシアナの瞳は揺れていた。

「……必ず止めましょう。あの連中を」

「当たり前だろ。

 人の感情で遊ぶ奴は全員まとめてぶっ飛ばす」

「ぴゅい!(ぶっとばす!)」

 壊れた装置の残骸を踏みつけながら、

 カケルは遠ざかる影の方向をにらんだ。

 もう逃がさない。

 “感情泥棒”を――必ず追い詰める。

ご覧いただきありがとうございます。

平和な日常回かと思いきや、不穏な空気が漂い始めました。

勝手に感情が減っていく……借金持ちのカケルにとって、これほど恐ろしいことはありません。


次回、屋根の上の怪しい影。

ついに敵の正体が判明します!


面白かった、続きが気になる!と思っていただけたら、

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― 新着の感想 ―
やっぱりミュコちゃんは、可愛いだけでなく、ちゃんと攻撃相手を見極めて動けるのね。偉い! それにしても、カケルは、視線で神界の人物をビビらせるとは…、どんだけ凄いのか…。今まで自分のせいでと、責任を感じ…
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