第70話 朝光の中の診断
窓から差し込む光が、まだわずかに青い。
昨夜の余波を思わせるように、店の中は静かだった。
二階の部屋では、ルシアナが枕を抱えて眠っている。
頬の色も柔らかく、呼吸は深い。
昨日とはまるで別人のようだった。
ミレイユ
「すごい……精神波の乱れが完全に消えてる……
妬の影響が、どこにも残っていません」
カケル
「そうか。……よかった」
安堵というより、
“あたり前だ”という声に近かった。
ルシアナの額に診断魔法を当てながら、
ミレイユが表情を引き締める。
「妬レベルの“精神侵食”は、通常なら最低でも数日は後遺症が残ります。
場合によってはずっと……人間関係が歪むほどの影響もある」
フィンとボビンが同時に息をのんだ。
フィン
「ルシアナさん……そんな危険なものが……」
ボビン
「それを昨日……!」
だが、ミレイユは首をかしげた。
「でも……ルシアナさん、後遺症がほぼありません。
侵食部分が見事に、すっぽりと消えていて……」
カケル
「ああ。
ルシアナの“精神の欠片”はちゃんと元に戻したからな」
ミレイユ「……どうやって?」
「こうやって」
カケルはミレイユの額に手のひらを当てる。
ミレイユ
「答えになってません!!」
カケル
「俺、悪くなくね?」
「……ん……」
ルシアナがゆっくりと手を伸ばし、
まぶたを開いた。
カケル
「おはよう」
ルシアナ
「……カケル……」
目が合った瞬間、
ぱっと花が咲くようにルシアナの表情が緩む。
「……帰ってきてくれて……ありがとう」
「当たり前だ」
ルシアナは身を起こそうとするが、
ミレイユがそっと肩を押さえる。
「まだ無理しないでください。
身体は正常でも、精神負荷はゼロではありませんから」
ルシアナ
「……はい。でも、明日の仕込みが……」
カケルは苦笑した。
(……やれやれ。目が覚めた瞬間から仕事の心配かよ)
ふと、元の世界にいる母親――ヨシコのことを思い出した。
あの人もそうだった。
インフルエンザで寝込んでる時ですら、「会社の備品発注が締切だから……」とかうわ言で言ってたっけ。
(……元気にしてるかな。まぁ、あの“総務の鬼”なら、どこに行っても逞しくやってるだろうけど)
カケルは懐かしむように目を細め、ルシアナの布団を掛け直した。
「働きすぎなんだよ、どいつもこいつも。今日は大人しく寝てろ」
階段の下で待機していた
グレン・ボビン・フィンが、おそるおそる顔を出す。
グレン
「あ、あの……おはよう、ルシアナ」
ボビン
「オレたち……ちゃんと役に立てたんだよな?」
フィン
「ルシアナさん……無事でよかったです……!」
ルシアナは胸に手を当てた。
「……本当に。
ありがとう。
みんなが来てくれたって……分かったんです」
三人が照れくさそうに視線をそらした。
ボビン
「い、いえその……カケルの号令でな……」
グレン
「カケルの指パッチンで全部進んだというか……」
フィン
「カケルさんが本気出したら……ちょっと怖かったです」
ルシアナ
「……怖い?」
カケル
「おい、余計なこと言うな」
ミレイユは背筋を伸ばして言った。
「結論から言います。
ルシアナさんの状態は極めて良好。
日常生活に支障はありません」
ルシアナ
「良かった……」
フィン
「本当に……本当に……!」
ボビン
「やっぱりミレイユすげぇな……!」
ミレイユ
「えへへ……でも、今回の功績は討伐隊の皆さんです。
特に……」
首をかしげて、カケルを見る。
「カケルは……なんで平然としてるんですか?」
カケル
「いや俺悪くなくね?」
ミレイユ
「意味が分からない!!」
グレン
「……ところでカケル、妬討伐の件はどうする?」
フィン
「報告は……ギルドですよね?」
ボビン
「でも、討伐したら次は……」
カケルは軽く頭を掻いた。
「……まぁ、そのうち世間にバレるだろ。
そしたらみんな喜ぶし……
返済も“どかん”とくるはずだ」
ルシアナ(……返済……?)
カケル
「あっ」
ルシアナが睨む。
「……まさか、また何か隠してる?」
カケル
「い、いや! 返済はプラスだし! 問題ないし!」
ルシアナ
「……カケルぅ?」
カケル
「いや俺悪くなくね?」
窓から差し込む光が、
ようやく金色に変わり始める。
ミレイユ
「とにかく、しばらく安静にしてくださいね。
みんなも、お疲れさまでした!」
グレン
「よっしゃ、今日は朝から肉でも焼くか!」
ボビン
「賛成だ!」
フィン
「ぼ、僕も食べます!」
ルシアナ
「……肉……普通の?」
カケル
「……朝食は控えめにしとけよ……」
笑い声が前借亭に広がる。
妬の影は消え、
世界はようやく、静かな朝を迎えた。
《感情発生:安堵250,000ルーメ》
お読みいただきありがとうございます。
ルシアナさん、無事に回復しました!
しかし、カケルの借金生活はまだまだ終わりそうにありません。
次回、第5章最終話です。
最後までお付き合いください!
さて、今回カケルが思い出した、がんばりやお母さんのヨシコさんですが……。
実は、彼女もまた別の異世界で、カケルがドン引きするレベルの「総務スキル」で無双中です。
弊作「異世界総務のヨシコさん(58) ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~(以下『…異世界総務のヨシコさん…』)」の主人公は、なんとそのヨシコさんです!
カケルが異世界で奮闘している裏で、母は何をしているのか?
親子の物語がリンクするクロスオーバー、ぜひヨシコさんの活躍も確かめてやってください!
▼『…異世界総務のヨシコさん…』はこちらから読めます。
https://ncode.syosetu.com/n3143lo/
こちらもご贔屓にお願いいたします。




