第7話 王都からの査察官
昼下がりのリベリス。
青空を切り裂くように、漆黒の飛竜が影を落とした。
「ひ、飛竜だ!」
「王都の紋章が見えるぞ!」
「まさか、戦だっていうのか!?」
人々の悲鳴が広場を満たす。
飛竜は石畳の中央に降り立ち、舞い上がった風で市場の布がひるがえった。
鎧の金具が一斉に鳴る。
黒衣の騎士たちが整列し、その中央に立つ女の姿があった。
白銀の髪を束ね、真紅のマントをなびかせる――
王都査察官、セレナ・ヴァレリウス。
視線を上げた瞬間、その威圧感に空気が張り詰める。
その場にいた誰もが、彼女の瞳に自分の罪を映されたような錯覚を覚えた。
「――王都査察局・第六監察班所属、セレナ・ヴァレリウス。
リベリス町における神話級武器不正使用の件につき、査察を命ぜられました」
張り詰めた声が響く。
その一言だけで、町の喧噪は完全に凍りついた。
冒険者ギルド前にいたグレンが、思わず前へ出る。
「お、俺たちは……そんなこと、してません!」
「静粛に」
セレナの冷たい声が、まるで刃のように割り込む。
「報告によれば、あなたが“神話級聖剣”を不当に所持しているとのこと。
――訴えは、領主代理ダリウス・バルドン殿によるものです」
群衆がざわめく。
あの領主代理の名を聞いただけで、人々の顔に嫌悪が走る。
「またあの男か……」
「英雄を妬んで、無いことを告げ口かよ……」
だが、王都の人間を前にして声を上げる者はいない。
圧倒的な威圧。
セレナの背後に控える騎士たちは、無言で槍の柄を握りしめていた。
そのとき――群衆の奥から、落ち着いた声が響いた。
「少し、お待ちを」
人垣が割れ、重厚な靴音が石畳に響く。
現れたのは、冒険者ギルド支部長ハリス・エンドロウ。
灰色の短髪に刻まれた古傷が、歴戦の冒険者であったことを物語っている。
「冒険者ギルド支部長、ハリス・エンドロウと申します。査察官殿、まず確認を。
“神話級聖剣の不正使用”というのは、どの報告書に基づくものですか?」
「領主代理、ダリウス・バルドン殿の申請によるものです」
「なるほど。あの方の“申請”なら、慎重な検証が必要でしょう。
ギルドとしても、その者の評判は把握しておりますので」
セレナの紅い瞳がわずかに動いた。
「……ギルド支部長として、正式に証言するのですか?」
「もちろんです。リベリスは小さな町だが、冒険者と市民が共に支え合って生きている。
不正など、誓って存在しません」
その静かな言葉に、広場のざわめきが止まる。
セレナは短く頷いた。
「……了解。ギルド支部長ハリスの立会いのもと、尋問を開始します」
ルシアナがカケルの袖をつまむ。
「やばいですよ……王都直属の査察官なんて、普通の町じゃ会うことすらないのに!」
「ふぅん。派手好きな役人って感じだな」
「そういう態度やめてくださいっ! 首、飛びますよ!」
セレナが一歩進み出た。
その瞳は、まっすぐにグレンを射抜く。
「尋問を開始します。
神話級の剣――あなたのものですか?」
「……はい」
「どのようにそれを得たのですか?」
「神から……授かったんです」
ざわ……と人々が息をのむ。
セレナの表情がぴくりと動いた。
「“神から授かった”?」
その声は静かだったが、広場の空気を一瞬で変える。
次の瞬間――。
グレンの腰にある剣が、鞘ごと微かに震えた。
それに呼応するように、セレナの短剣も鞘の中で光を帯びる。
キィィン……。
空気が澄み、音が消える。
ふたつの剣は互いを呼び合うように、ゆっくりと鞘から抜け浮き上がった。
誰も触れていないのに、まるで見えない手が持ち上げたように。
白銀と蒼の光が重なり、柔らかな波紋が広場を満たす。
風が止み、時間が静止する。
剣が、空中で向かい合い――
ひとつの音を奏でるように共鳴した。
その光景に、誰もが息を呑む。
ルシアナが囁いた。
「……剣が、歌ってる……?」
ルシアナは目を細めた。
「“セレスの系譜”。行いの剣と意志の剣――心が嘘をつかないときだけ響く」
光が強くなり、やがて町全体を包み込む。
その輝きの中で、子どもが泣き止み、老人が手を合わせた。
涙ぐむ者、ひざまずく者――誰もが感じ取っていた。
“この光は、嘘を許さない”と。
《感情発生:信仰・畏怖20,000,000 ルーメ》
剣たちは再び静かに鞘へ戻り、光は霧のように消えていった。
セレナはそっと目を伏せ、ゆっくりと膝をつく。
「……この光が示しています。
この町には、不正も、偽りもありません。
神の意志が、この地にあると」
群衆が息を呑む。
誰かが小さく拍手をした。
次の瞬間、歓声が広がった。
カケルのウィンドウが淡く光る。
《感情発生:安堵・歓喜5,000,000 ルーメ》
ルシアナが小声で言う。
「感情ポイント、すごい勢いで返済されてます!」
「まぁ、奇跡は効率がいいからな」
「奇跡を効率って言う人、初めて見ました!」
ミュコが足元で“ぷに♪”と鳴いた。
金の粒子が空に舞い上がり、まだ残る不安の影を溶かしていく。
セレナは最後に町の人々へ向け、静かに告げた。
「――この件、私の名において無罪とします。
ただし、王都に対して報告義務があります。
……ダリウス・バルドンの虚偽が、神の前に裁かれるでしょう」
広場が静まり返る。
誰もが、その名にかけられた冷たい怒りを感じ取った。
ハリスが一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「査察官殿。貴女の英断に感謝します。
この町は、ギルドの名にかけて真実を守り続けます」
「責任ある言葉、確かに受け取りました」
セレナの瞳が一瞬だけ柔らかくなる。
カケルは空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「へぇ……あの人、怒ると怖ぇな」
「あなた、人の怒りを分析しない!」
空には、まだ光の残滓が漂っていた。
風が町を撫で、再び日常の音が戻ってくる。
人々が手を取り合い、笑い合うその光景を見ながら、カケルは小さく笑った。
「……悪くない。“偶然の帳尻合わせ”ってやつだな」
「やっぱり偶然って言いたいだけですよね、それ!」
遠く、王都の方向で雷鳴がひとつ鳴った。
それは、次の嵐の予兆のように――。
次の話では、ダリウスの陰謀によりセレナの報告が王都に届きません。
このままでは、偽の報告によってリベリスは反逆の罪が着せられてしまいます。
どうなってしまうのやら。
お楽しみに。
※今回の投稿より、暫く火・木・土曜日の投稿となります。
引き続き、よろしくお願いいたします。




