第67話 影の誘惑、偽物の微笑み
妬の領域は、夜空がひっくり返ったような異界だった。
足元の泉には星が沈み、
そこから黒い霧がゆっくりと立ちのぼる。
ボビン
「こ、こんな場所……二度と来たくねぇ……」
フィン
「……ルシアナさんの感情が……この奥で揺れてます……」
グレン
「気合い入れろ。いよいよ本番だ」
カケルは黙って泉の中心を見つめた。
その“向こう”に、ルシアナの気配が確かにある。
霧が揺れた。
星影の中から、一つのシルエットが歩み出る。
『……カケル……?』
それは――
ルシアナの姿をした“影”だった。
だが、本物とは決定的に違う。
仕草が妙に甘く、
声に媚びがあり、
瞳の奥が濡れているような“演技めいた艶”がある。
『迎えに……来てくれたのね……?』
フィン
「ルシアナさん……? いえ……違う……!」
ボビン
「本物なら、こんな甘い言い方しねぇ!」
『ねぇ、カケル……
わたし……あなたが来てくれて嬉しいの……
ずっと……あなたを見ていたの……』
「なるほどな。
“甘くて距離の詰め方が妙に近い女”。
大学時代にいたサークルクラッシャー女と同じだ」
『……さ、さーくる……?』
グレン
「何その話?聞きたい!」
ボビン
「カケルの地雷ポイントが明確すぎる……!」
フィン
「カケルさん……本当に効いてませんね……」
『……ふふ、面白い人。
でもね……抵抗しても無駄よ……?』
影ルシアナは胸元に手を当て、柔らかく微笑む。
『あなたは……
わたしと一緒になれば……
全部楽になるのよ……?』
影の揺らぎは甘く、湿って、
耳元で囁かれるように届く。
しかし――
「いや、その“媚び声”がダメなんだよ。
ほんと苦手なんだって」
『……え?』
「サークルクラッシャー女がそれで男子をバラバラにしたんだよ。
見てた俺は、もううんざりだった」
『…………ふふ。
あなた、女の人にだいぶ痛めつけられたのね?』
「いや、そういう話じゃねぇ」
『いいの……
だったら、わたしが“壊して”あげる……?』
ボビン
「おい! ただの不穏ワードだろそれ!!」
フィン
「だ、大丈夫ですかカケルさん……!?」
カケル
「え?なんで心配されるの?」
フィン
「……気を遣って損しました」
カケル
「いや俺悪くなくね?」
影ルシアナの声は、さらに甘くなった。
『ねぇ……
あなたは気づいてるでしょう?
ルシアナの心が……あなたを欲しがっていることを』
「……」
『わたしは……
その“願い”を叶えようとしただけ。
あなたを心から求めていたから……
わたしは、彼女を包んだの』
フィン
「……っ……違う……!ルシアナさんの感情を勝手にねじ曲げたんだ……!」
『いいえ、違わないわ。
女の子の“独占願望”って、とても甘いものよ……?』
グレン
「……完全に敵だな」
ボビン
「カケル、どうする?」
カケルは黙って影ルシアナを見ていた。
表情に怒りはない。
しかし冷たく、深い嫌悪があった。
『カケル……
わたしを受け入れれば、
ルシアナも、あなたも……楽になれるのよ……?』
カケルは息を一つ吐いた。
「……なるほど。
お前が何をしたか、やっと分かったわ」
『ふふ……気づいたのね?
あなたは、わたしの――』
「――お前は、
本当に俺を怒らせた」
《感情発生:怒り1,200,000ルーメ》
声のトーンは静か。
しかし、その瞬間、空気が弾けた。
グレン
「……っ! カケル……!」
ボビン
「あ、ああ……これはヤバい時だ……!」
フィン
「カケルさん……?」
「ルシアナを泣かして貶める奴は、絶対に許さねぇ。
そっちがそう来るなら……
こっちは“本気”で返すだけだ」
『…………?』
妬はまだ“理解していない”。
カケルのこの言葉が、
次の瞬間、妬自身の破滅を意味するということを。
お読みいただきありがとうございます!
影ルシアナによる精神攻撃回……のはずが。
カケルの過去のトラウマ(サークルクラッシャー)が炸裂しました。
「媚び声が苦手」という理由で神の誘惑を無効化する主人公、初めて見ました。
しかし、ルシアナを貶められたことへの怒りは本物です。
ここからカケルの「静かな激怒」が始まります。
次回、反撃開始です!




