第65話 ルシアナ、影に触れられる
夕暮れの《前借亭》。
店が閉まる少し前、ルシアナはカウンター横で伝票をまとめていた。
「カケル、この注文票……明日の仕込みに……」
そう言いかけた瞬間――
ルシアナの手からペンが落ちた。
「……あっ……」
そのまま、胸を押さえて倒れ込む。
「ルシアナ!?」
カケルが支える。
体温は低く、呼吸は浅い。
「ぴゅい……!(だいじょうぶ!?)」
「ミュコ、タオル持ってきてくれ!」
ミュコが慌てて走る。
フィンも駆け寄る。
「魔力の流れが変です……でも攻撃された痕跡は……ない……?」
「……ごめん……少し……胸の奥が冷たくて……」
ルシアナの声は震えていた。
◇
しかし。
日が沈み、空が暗くなった瞬間――
「……ん……?」
ルシアナはゆっくりと目を開いた。
昼間の衰弱はどこへやら、呼吸も落ち着いている。
「体、大丈夫か?」
「ええ……平気。ちょっと疲れただけよ?」
そう微笑んだのに、
直後、女性客がカケルに「また来ますね」と挨拶しただけで――
「……そんなに笑わなくていいでしょ」
氷のような声が落ちた。
客は悲鳴を上げて逃げる。
カケル
「……お、お前今何言った?」
ルシアナ
「え? 普通に……。私、変なこと言った?」
完全に“自覚がない”。
その時――
店の窓ガラスがカタリと揺れた。
風もないのに、影が長く伸びる。
その影が、ルシアナの足元へ“すうっ”と寄り、
――返してほしいなら……夜の西へ……
「っ……!? 今の声……!」
「声? 何も聞こえてないぞ?」
カケルもフィンも聞こえていない。
ルシアナの瞳だけが、怯えで揺れていた。
◇
店の扉が勢いよく開く。
「カケルさん! 緊急です!!」
ミレイユが魔道計測器を抱えて飛び込んできた。
「町全体の影の波形が……四魄柱“妬”の感情に変質してます!
しかも、ルシアナさんが核にされています!!」
「……っ」
ミレイユがルシアナの脈動に触れた瞬間、表情が引き締まる。
「これは……放置したら危険です。
昼に弱り、夜に“妬の波”で活性化する……侵食です!」
「どうすれば治る?」
「妬本体を叩くしかありません」
その時。
カケルのポケットから“コロン”と何かが落ちた。
「またかよ……」
拾い上げると、
《神級アイテム:影払いの松ぼっくり》
落ちた瞬間――
ルシアナにまとわりついていた黒い影が“ぱちぱち”と弾ける。
「な、何ですかそれ!?
神級アイテムを自然落下で発動させる人、初めて見ました……!」
と、ミレイユ。
「いや俺悪くなくね?」
ミレイユはルシアナを支えながら言った。
「私はここでルシアナさんを看ます。
妬の影響を抑えられるのは、私しかいません」
「頼む」
グレンは剣を持ち、
ボビンは盾を背負い、
フィンは決意の顔でうなずく。
「妬の居場所は?」とグレン。
「リベリス西の地脈断層。
夜の影が濃くなるほど、妬が強くなる場所です」とミレイユ。
「なら、夜のうちに倒すしかねぇ!」
「ルシアナさんを……助けたい……!」とフィン。
カケルは眠るルシアナの頭を軽く撫でる。
「……すぐ帰ってくる。
だから、怒っていいからな。
“遅い”って」
ミレイユが微笑む。
「行ってください。
カケルさんたちなら、必ず……!」
「行くぞ。
妬の根っこ、叩き折りに」
《感情発生 決意1,200,000ルーメ》
お読みいただきありがとうございます!
新章、第5章《妬》編のスタートです。
いきなりのルシアナのピンチ……シリアスな幕開けかと思いきや、カケルさん。
「ポケットから神級アイテムをポロリ」で解決の糸口を作ってしまいました。
相変わらずの運(?)の良さです。
今回は「男たちだけの夜の討伐戦」。
いつもと違う雰囲気のパーティにご期待ください!
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