第64話 帰還――哀の余韻と、6億ルーメの行方
哀の領域を抜けると、
ひどく静かな風が流れていた。
森の木々は相変わらず薄暗く、
しかし先ほどの“沈む気配”と
カケルの跡と影も消えていた。
救出組は帰路につきながら、
ひたすらに“理解不能”を抱えていた。
アニスは口を開けたまま、
リュートは何度も振り返り、
ドランは頭を抱え、
グレンとボビンは沈黙を保ちながら歩いた。
フィンだけが、気まずそうにカケルを見上げる。
「カケルさん……本当に……大丈夫……なんですよね?」
「大丈夫だって。むしろ哀の方が……な?」
「むしろ哀の方って何よ!!?」
アニスが叫んだ。
「カケル」
歩きながらルシアナが静かに言った。
「あなた、負債……見たわよね?」
「ああ。6億だったな」
「“ああ”じゃないわよ!!
あなた……何してくれてんのよ……!!」
「いや、俺は悪くなくね?」
「いや悪いわよ!!!
哀を泣かせたのよ!? 柱よ!?
世界の感情よ!?
それ沈ませたの、あなたよ!?」
「沈んでないだろ。泣いてたけど」
「そういう問題じゃなぁい!!」
怒号が森に響く。
◇
夕暮れの街灯が灯る頃、
一行はようやく前借亭へ帰還した。
店内はいつもの賑やかさ。
しかし空気が微妙にざわつき、
救出組が入ってくると客が振り返った。
「あ、戻ってきた!」
「哀が出たって聞いたが……大丈夫だったのか?」
「カケルさん、無事か!?」
前借亭の常連たちが口々に声をかける。
「まぁな。元気元気」
カケルは手を振った。
(こいつ本当に元気だ……)
救出組全員の心の声が一致した。
席に着くと、ミレイユが例の観測器を取り出した。
「で、ミレイユ。観測の結果は?」
ルシアナが尋ねる。
「……おかしいのよ」
ミレイユは、計測器を指で叩くように示した。
「本来、哀の領域では“沈”(沈む感情)が濃密に観測される。
でも、今回の波形は……」
「……“心労”……よね?」
ルシアナが眉を寄せる。
「ええ。
沈じゃない。
怒でも恐でも憂でもない。
ただひたすらに――“心労”が観測されたの」
一同:
(((心労!?)))
「そ、それって……哀が疲れてたってことか?」
アニスが言う。
「多分……そう。
哀自身が……極度のストレスを受けて、
感情がくたびれていたんだと思う」
(極度のストレス……)
救出組の視線が一斉にカケルへ向く。
「なんだよ、その目は」
カケルは首をかしげた。
「お前以外に原因あり得ねぇだろ!!!」
ドランが叫んだ。
そのときフィンが静かに口を開いた。
「……カケルさんって……
本当は……すごく強い人なんですね……」
「いや、別に?
聖剣振るったりしてないしさ」
「強いってそういう意味じゃない!!」
アニスがすかさず怒鳴る。
「でも……
どんな柱が来ても、カケルさんは……
普通にしてる。
沈まない。怖がらない。
今日も……哀を、逆に……」
「沈めたのよね」
ミレイユがぽつりと言う。
「沈めてねぇよ」
カケルが言う。
「沈んでたわよ!!!」
救出組全員が総ツッコミした。
頭を抱えていたルシアナが、深く息を吐いた。
「……もういいわ……
今日のところは……本当に疲れた……
わたしも心労で倒れそうよ……」
「大丈夫か?」
カケルが覗き込む。
「大丈夫じゃなぁい!!!!」
「俺は悪くなくね?」
「悪いっ!!!!」
◇
その夜。
リベリスの空には、突如として雨雲が広がり始めた。
哀が泣いたその余波が、
世界へほんの少しだけ影響を与えている。
街の片隅では老人がつぶやく。
「……変な泣き雨じゃのう……
なんでこんな、胸の奥がじんわりするんじゃ……?」
リベリスに、静かな雨が落ちた。
哀が流した涙の、その余韻のように。
ご覧いただきありがとうございます!
これにて第4章《哀》編、完結です!
シリアスに始まり、最後はカケルらしい「斜め上の解決」で幕を閉じました。
「心労」で退場した四魄柱、歴史に残りそうです。
カケルのメンタルの強さ(図太さ)が改めて証明された章でもありました。
雨上がりのリベリス、少し切なくも温かいラスト。
……借金は増えましたが(笑)。
さて、残る四魄柱はあと一つ。
次章もさらなる波乱が待っているはずです。
引き続き、カケルと「前借組(仮)」の冒険を応援よろしくお願いいたします!




