第57話 沈む罠と、揺らがぬ決意
森へ入るほどに、空気の“色”が落ちていった。
緑は灰色を帯び、光は弱まり、世界がゆっくり沈んでいくようだった。
「……おかしいぞ」
グレンが立ち止まり、背後を振り返る。
「さっき通った倒木が、またある……?」
倒木は、まるでずっとそこにあったかのように道を塞いでいた。
「うそ……ここ、もう通ったよね?」
フィンが青ざめる。
「前に進んでるつもりが……戻ってる?」
アニスが眉をひそめた。
「戻るほど足を止めてねぇぞ?」
ドランが首をかしげる。
ミレイユが測定板に映る波形を確認する。
「やっぱり……距離が歪んでる。
哀の第一の罠、《沈歩現象》よ」
「――ち◯ぽ?」
ドランが素で聞き返した。
「ち・ん・ほ!! “沈む歩行”の略であって、変な意味じゃないわよ!!」
アニスが全力でドランの頭を叩く。
「いってぇ!!」
「下ネタ出すんじゃない!!」
緊張しきった空気が一瞬だけ緩む。
ミレイユはため息をつき、説明を続ける。
「《沈歩現象》は哀の領域の基本構造よ」
ミレイユが倒木の陰影を指差す。
「この森は、心のテンポが落ちると“歩みが沈んで”、
前へ進んだ分だけ後ろへ引き戻されるの」
「じゃあ……どうすれば……?」
フィンが不安げに問う。
「方法は簡単。
“歩幅とリズムを一定に保つこと”。
意識してテンポを崩さないように歩くのよ」
「テンポ……」
ミレイユが説明を続ける。
「心の沈みがリズムを崩す原因になるから、
気を散らさず、一定の歩き方に集中するの。
できれば“前へ進む理由”を意識し続ければ、より安定するわ」
「難しければ……嘘でもいいから“楽しい”って言い続けるのね」
アニスがため息をつきながら言った。
「楽しい……?」
ドランが膝を叩いて笑った。
「俺、もう楽しすぎて膝が笑ってらあ!
ほらほら、楽しいぞ!」
「その“笑う”楽しさじゃないわよ!!」
アニスがドランの頭を再び叩く。
フィンは、不安を押し殺して笑った。
「でも……笑ってる方が……確かに前に進める気がする……」
「よし、全員テンポをそろえるぞ」
グレンが先頭に立つ。
「歩幅はこれぐらいだ」
「テンポは……こう」
「足音を一定に……」
全員が真剣に歩調を揃え始めた。
ボビンも静かに頷く。
「守る……そのために前へ進む」
その言葉が一行の緊張を締める。
ルシアナも自分の胸に手を当てる。
(カケル……あなたなら簡単に沈むとは思わない。
だけど……相手は四魄柱の哀よ。
油断はできない)
ミレイユが測定器を再度確認する。
「テンポ、安定してきたわ。
歩行のブレがほとんどない。
このまま進めば沈歩は突破できる」
「よし……行くか!」
リュートが前を見据える。
進んでいくほど、森の奥の色が抜けていく。
「これ……暗いんじゃなくて……」
リュートが呟く。
「光が……沈んでるのか……?」
「そう」
ミレイユが頷く。
「哀の領域は、“光”そのものを薄くする。
視覚情報を減らし、心の動きを止めるためよ」
「そんな森……普通じゃねぇな……」
ドランが斧を肩に担ぎながら言う。
「普通じゃないから四魄柱なんだよ」
アニスが肩をすくめる。
「ぴゅ……!」
ミュコが突然フィンの肩で鳴いた。
「どうしたの!?」
「ぴゅい……ぴゅい……
(……カケル……ちかい……)」
ミレイユが測定器を見る。
「沈降波長が一段深くなった。
この先……“哀の核領域”ね」
「行こう」
フィンは拳を握る。
「カケルさんが沈む前に……
僕たちが行かないと!」
その決意に、仲間たちが頷く。
テンポを保ち、
歩幅を揃え、
意識を前へ向ける。
足音だけが沈む森に響く。
色が落ち、光が沈み、
世界のすべてが“止まりかけている”ような場所へ――
一行は、カケルを信じて進んでいった。
ここから先が――
哀の核心部だった。
読んでいただきありがとうございます。
《沈歩現象》……略し方に悪意を感じますが(笑)、アニスさんのツッコミのおかげで少し空気が緩みましたね。
「楽しむフリをしてでも前に進む」。
これは現実でも使えるライフハックかもしれません。
ドランさんの膝が笑うくだり、個人的に好きです。
次回、森の奥で衝撃の光景を目撃することになります。
お楽しみに!




