第55話 沈む波長と、王都からの来訪者
リベリスの町に、冷たい風が流れた。
昼の前借亭。
客足はまばらで、普段なら騒がしい店内が、妙に静かだった。
「……ミュコ、まだ震えてる……」
フィンがタオルで包んだミュコの体を抱きしめる。
ミュコは弱々しく「ぴゅ……」と鳴くしかできなかった。
「哀気に触れた痕跡ね」
ルシアナが険しい顔で言う。
「でも……どうしてミュコが?
カケルさんは“ひとりで行く”って……」
「あいつ、ミュコを抱えて行った可能性あるわね」
「否定できん……」
「あり得る」
仲間達の間で、妙な一致が生まれる。
「み、みなさん! 大変です!!」
ノエルが息を荒げて駆け込んできた。
「王都魔術研究院から……ミレイユさんが来てます!
“沈降波長”がリベリス周辺で観測されたとかで……!」
「沈降波長……?」
ルシアナの眉がひそむ。
(嫌な予感しかしない……)
◇
「皆さん、久しぶりです」
測定器に囲まれた部屋の中央に、ミレイユがいた。
「王都から……? 一体何が――」
「《狂》封印後の残滓解析を続けていたら、
本来存在しない“沈降波長”が検出されたのよ」
ミレイユは真剣な顔で続けた。
「その波長は最初、とても弱かった。
でも……三日前、突然跳ね上がった。
まるで、封印の隙間に別の柱が入り込んだように」
「それって……」
「“哀”よ」
ルシアナが低く言う。
「狂とは真逆の性質……
でも、なぜリベリス近郊に……?」
ミレイユは測定板を指し示した。
「沈降波長の中心地点は、森の奥。
そこに……“生体反応が1つ”ある」
「カケルだ」
グレンが噛みしめるように言った。
「ミュコ……カケルさんと森に行ったんだよね?
怖かった……?」
「ぴゅ……ぴゅ……
(……さみしい……)」
そのかすかな言葉に、ミレイユが息を呑む。
「感情波形……カケルから漏れてる……!
哀気の中心にいる者の感情が、ミュコにまで流れ込んでるのよ!」
「そんな……本当に危ないんじゃ――」
「……危ないわ」
ルシアナが前に出た。
けれどその表情には、かすかな確信も宿っている。
「でも……カケルなら、簡単には“哀には飲み込まれない”はず。
信じたいけど……嫌な予感もあるわ……」
(カケルならやれそう……でも、今回は油断できない)
その葛藤が、彼女の瞳に揺れた。
《感情発生:覚悟300,000ルーメ》
◇
ノエルが呼びに行き、
狂封印でも実績のある《碧牙の矛》の
アニス、ドラン、リュートの3名も到着した。
「来たよー!」
「カケルの野郎がいなくなったとか聞いたぞ!」
「今回も俺達が一枚噛むのか」
ミレイユは渡された地図に印をつけた。
「作戦はシンプルよ。
沈降波長の中心――カケルと思われる反応地点まで向かい、救出する」
アニスが眉をひそめる。
「でも、哀が作る領域は“心を沈める”んでしょ……?」
「ええ。
普通の冒険者なら、入口で動けなくなるわ」
「普通じゃない連中で助かったわけか」
リュートが肩をすくめる。
「やるしかねぇな!」
ドランが拳を鳴らす。
「ぴゅ……ぴゅい……
(……カケル……まってる……)」
ミュコがフィンの袖をきゅっと掴んだ。
「ミュコ……!」
その小さな声が、
救出隊の胸に強く響いた。
「行こう」
フィンが前に出た。
「カケルさんが……沈む前に。
僕たちが迎えに行かないと」
グレンも頷く。
「そうだな。
あいつに任せっぱなしは……気分悪い」
ボビンは盾を握りしめた。
「カケル……助ける」
アニス、ドラン、リュートも構えを整える。
ルシアナは深く息を吸い、
森の方向を見つめた。
「哀……
あなたが何を望んでいても――
私たちが行くわ。
カケルを取り戻すために」
扉が開き、
救出隊は沈む森へ向かった。
《感情発生:2,100,000ルーメ》
ご覧いただきありがとうございます。
ミレイユさんの再登場、そして《碧牙の矛》も合流しての総力戦です!
カケルのピンチ(?)に、これまでの仲間たちが駆けつける展開は熱いですね。
「沈降波長」の中心にいるカケル。
果たして彼は無事なのか、それとも《哀》に飲み込まれてしまったのか……。
次回、いよいよ《ミスルの沈森》へ突入します。 引き続きよろしくお願いいたします!




