第5話 ミュコ、怒りのぷるぷる制裁
翌日のリベリス。
空は快晴、広場は人であふれ返っていた。
昨日の邪竜討伐のニュースは、町の端から端までを熱狂させていた。
「英雄グレンに万歳!」
「若き勇者よ、ありがとう!」
「神は見捨てなかったんだ!」
広場中央の壇上に立つグレン・アルファードは、顔を真っ赤にして頭を下げていた。
人々の拍手と歓声が渦を巻くように広がっていく。
その人波の少し後ろ――パン屋の軒先の影に腰を下ろし、焼きたてを頬張る男が一人。
カケルだった。
「……うん、これは満額カウントだよな」
「え?」とルシアナが振り向く。
「だって、きっかけは俺だ。グレンが剣を取ったのも、“偶然の導き”のおかげだからな」
ウィンドウが光を帯びた。
《感情発生:熱狂1,500,000 ルーメ》
「おぉぉ……」ルシアナが息をのむ。
「これが“偶然”の力ですか」
「人の縁ってのは、貸し借りがあってこそ動くんだよ」
パンをちぎりながらカケルが笑った。
その時、馬車の車輪が石畳を叩く音が響いた。
人々が道を開け、黒いマントを羽織った男が現れる。
――領主代理、ダリウス・バルドン。
「おお、領主代理様だ!」
「表彰だ!」
期待の声が上がる。
壇上に上がったダリウスは、両手を広げて演説を始めた。
「見事だ、グレン・アルファード!
前へ。
お前の勇気は領民すべての誇りだ!」
群衆が沸き立つ。拍手と歓声が大地を震わせるほどだ。
《感情発生:興奮1,500,000 ルーメ》
恥ずかしそうに、グレンが前へ出てくる。
だが、ダリウスの口元がゆっくりと歪む。
「――そして、その“神の剣”は、領の至宝として厳重に保管する!」
歓声が止まり、広場に冷たい風が流れた。
「え?」
「保管って……奪うのか?」
「まさか……」
グレンが目を見開く。
「待ってください! 俺はただ――」
「若造が神の武器を振るうなど危険だ。責任ある大人が預かる。それが秩序だ」
ダリウスの声が響いた瞬間、群衆の空気が一変する。
《感情発生:悲しみ・怒り750,000 ルーメ》
「ふむ、悲しみと怒りの混合……複雑な味だな」
「感情を料理みたいに言わないでください!」
兵士たちが、グレンから剣を取り上げダリウスに渡す。
ダリウスは勝ち誇ったようにそれを掲げた。
「これでよし。神の力は我が手に――」
カケルは静かに立ち上がり、手を打った。
「――ミュコ、出番だ」
「ぷに♪」
ミュコの体が光を帯び、広場の石畳を滑るように進む。
透明な体が急激に膨れ上がり、ダリウスの背後へ――。
「む? なんだこれは――ぐわぁぁぁっ!」
次の瞬間、ダリウスが頭部を残して全身をスライムに包み込まれた。
ずるり、と完全捕食。
剣はその場に落とされる。
「ひぃぃぃ! 熱い! や、やめろぉぉぉっ!」
マントが泡立ち、服が溶けていく。
護衛が二人剣を抜いて飛び込むが、そのまま、まとめて吸収。
「ぎゃああああ! 武器が、鎧が溶けるぅぅぅ!」
「服までぇぇぇ!」
ぷるん、と音を立てて、二人とも全裸で吐き出された。
広場に笑いと悲鳴が交錯する。
「英雄祭が……まさかの喜劇に……!」
「いや、神罰だろこれ!」
ウィンドウが浮かぶ。
《感情発生:笑い・驚愕1,500,000 ルーメ》
「よし、いいぞミュコ。バランス調整完璧だ」
「やっぱりあなた、指示してたんですね!」
ミュコは得意げにぷるぷる震える。
ダリウスは顔だけは外に出しているもののスライムの中でもがき、情けない声を上げた。
「グレン! 助けろ! 英雄であるお前の義務だろう!」
グレンは冷静に腕を組んだ。
「武器を取り上げられてしまって、どうにもなりません」
「ぐぬぬぬぬ……わ、分かった! 剣はお前の物でいい! だから助けてくれぇぇ!」
側近が慌ててダリウスの落とした剣を拾い、グレンに差し出す。
「これを!」
グレンが剣を構えた瞬間、ミュコが小さく震え、怯えたようにダリウスを吐き出す。
ずぶ濡れ、服はほぼ溶け落ち、かろうじて布切れ一枚。
観衆の笑いと拍手が巻き起こる。
《感情発生:安堵・正義の回復750,000 ルーメ》
カケルが軽く頷く。
「……帳簿、きれいに収まったな」
「あなたの感情処理の言い方、ちょっと酷いです」
「褒め言葉として受け取っとく」
ダリウスは震える足で立ち上がり、怒りに歪んだ顔を上げた。
「この町の者ども――覚えておけぇぇぇっ!」
怒号を残して、側近に布をかけられ、恥ずかしそうに走り去る。
その姿を見送りながら、カケルがぽつりと呟いた。
「……ああいうのは、あとで自滅するタイプだな」
「どうして分かるんです?」
「プライドが借金と同じで、利子がついて膨らむんだよ」
ミュコがカケルの肩に跳び乗り、満足げにぷにっと鳴く。
「期待通りの良い仕事だったな、ミュコ」
「ぷに♪」
夕陽に照らされ、スライムの体が淡く光った。
カケルは空を見上げて微笑む。
「英雄が一人、悪党が一人、裸で反省?
――まぁ、世界のバランスってのは案外、偶然が取ってくれるもんだ」
明日も投稿します。
恨みを募らせたダリウスは、案の定やらかします。
町の運命は・・・。
お楽しみに。




