第47話 狂気の森、その“入口”
テンポ膜を破った一行は、森の奥へと進んだ。
だが――
空気はむしろ“重く”なっていく。
「……なんか、音が消えてる」
フィンが不安そうに囁く。
グレンも眉をひそめた。
「さっきまで虫が鳴いてたよな?」
「森の呼吸が変わったのよ」
ルシアナが静かに答える。
「狂の封印が近いほど……自然は黙りこむ」
アニスが木々の表面を触った。
「水気が増えてる。
本来なら乾季のはずなんだけど……」
そのとき――
ズル……ズル……ッ
木の根が土の中で“這いずる”音がした。
「ひッ!? な、根が動いた!?」
ドランが飛び退く。
「ちょっとドラン、黙ってて!」
アニスが慌てて制止する。
確かに、根は動いた。
本当に――蛇のように、ゆっくりと。
「……これ、狂気の前兆ね」
ルシアナが青ざめる。
「自然のテンポが壊れると、固体と液体の境目が曖昧になるのよ」
「怖っ……やっぱ帰らねぇ?」
ドランが後退りし始めた瞬間――
コン、コン、コン……
前方の“木の幹”を叩くような、
規則的な音が聞こえた。
「な、何の音……?」
フィンが小声で言う。
アニスは弓を構えた。
「気をつけて。敵かもしれない」
その“コンコン”は、森の奥――
一点だけ濃く闇が集まる方向から響いてくる。
音のリズムは――
妙に速い。
妙に不自然。
妙に“狂っている”。
「……狂の封印地の“扉叩き”よ」
ルシアナが震える声で言った。
「扉叩き?」
グレンが汗をにじませる。
「封印が弱まると、“向こう側”から扉を叩くの。
古文書にあったわ……
『三度の叩きに応じるな』って」
「応じたらどうなるんだ?」
ドランが尋ねる。
「封印の間の入口が開くわ」
その瞬間、
『コン・コン・コン』
と三度のノック音。
皆が音を立てずに静かにしていると
ズルッ、ドン。
「――あっ」
カケルが乗っていた木の根のこぶの部分から足を滑らせて音を立てた。
「え? 今のって……」
「応じたことに……なる……?」
「あ……」
「え……?」
「……どうも、すまん」
全員が固まり、
全員の視線が、足を滑らせた木の根へ集中する。
次の瞬間――
ドオオオオォォォン!!!
地面が陥没し、
闇の穴が口を開けた。
「ちょっ、カケル!?
今の絶対やっちゃ駄目なやつだったでしょ!!」
ルシアナが絶叫する。
「いや……偶然……?」
「絶対偶然じゃない!!!」
穴の底から、冷たい風が吹き上がる。
湿っていて、生ぬるい。
“狂気”そのものの気配だった。
「……封印の間の入口だ」
アニスが呟く。
グレンが震える拳を握る。
「ついに……本丸ってわけだな」
フィンはごくりと唾を飲んだ。
「でも……怖いけど、行くしか……」
ボビンが静かに頷く。
「仲間がいる」
ルシアナは深呼吸し、
カケルの袖をぐいっと引いた。
「次に何かやったら殴るわよ」
「いや、今のはほんとに偶然で……」
「絶対嘘」
《感情発生:驚愕・動揺150,000ルーメ》
◇
遥か木上の枝でスルヴァは震えていた。
「な、なにィィィィィ……!?
封印の間の入口が開いたぁぁぁぁ!!!!」
帳面に震える字を書き殴る。
《予定:封印の扉は簡単に開かない → 侵入困難→もたもたしている間に狂復活》
《現実:カケルが足を滑らせた→ 開いた→入口突破→狂まだ復活なさらず(今ここ)》
「神界にどう説明すればいいんだ……!?
“足を滑らせて扉を開けました”って言えるわけないだろぉぉ!!」
風鈴浄化に続き、封印入口まで突破され、
スルヴァの胃は限界に達していた。
「く、狂……どうか早く目覚めて……!」
《感情発生:絶望・悲嘆500,000ルーメ》
◇
カケルたちは、闇の穴の前に立った。
「ここが……狂の封印地……」
ルシアナの声は震えていた。
「行くしかないだろ」
グレンが進み出る。
「うん……怖いけど、行く」
フィンも短剣を握りしめる。
ボビンが皆の前に立つ。
「守る」
アニスも弓を構えた。
「この先はきっと、もっと狂ってるわよ」
「大丈夫だって。
どうせ偶然うまく――」
「その台詞、フラグだから言わないで!!」
全員の総ツッコミが飛んだ。
――こうして、
カケル一行は“狂”の封印地へ足を踏み入れた。
《感情発生:決意・覚悟2,100,000ルーメ》
ご覧いただきありがとうございます!
「三度の叩きに応じるな」と言われたそばから、足を滑らせて応じてしまうカケルさん。
これも「偶然」と言い張るつもりでしょうか……?
スルヴァの「足を滑らせて扉を開けました」という報告、神界で通るんでしょうか(笑)。
次回、封印の空洞内部へ。
そこはさらに時間の狂った世界です。 お楽しみに!




