第45話 狂の旋律域 ― 風の止まる廟(びょう)
風が、止んでいた。
ウェルダ熱帯林圏は本来、
大気が常に揺れ、木々がざわつく森。
だが廟へ近づくほどに、静寂が世界を覆う。
「……変な感じ。森が息してない」
フィンが声を潜める。
「大気は正常よ」
ルシアナが空を仰ぐ。
「躁気は完全に払われている……風鈴のおかげね」
◇
森を抜けた先、石造りの建物が姿を現す。
「……廟か」
アニスが、崩れた石柱を手で触れる。
「古代ウェルダの“拍神”を祀った場所のはずよ」
アニスが草をどけ、中央に刻まれた鳥の紋章を示した。
「本来なら、この廟は“狂”と最も相性が悪い。
ここが最初に静まったのは……逆に嫌な予兆ね」
「嫌な予兆……予兆なら、もう来てるぞ」
グレンの声に、一行は一斉に上を見た。
廟の屋根に――
逆さにぶら下がった鳥の影が十数。
「ホロウ・クロウ……!」
アニスが身を硬くする。
ウェルダでも最上位の危険種。
本来は森の最奥に棲む幻影系霊獣。
「躁気で狂ったわけじゃなく……
“躁気が晴れる前に逃げ場としてここに来ていた”って感じね」
ルシアナが状況を即座に解析した。
「そして今は……本来の獰猛さだけ残ってる」
霊獣たちは一斉に翼を広げ――
パアアアアッ!!
風を裂く羽刃が、扇状に飛んできた。
「ボビン!」
カケルの声に、盾役は静かに前へ。
ガガガガガガガッ!!!!
降り注ぐ羽刃をすべて、
巨大盾で受けきる。
「……軽い」
ボビンは一言だけ呟いた。
「軽いのかよ!!?」
リュートが絶句する。
「アニス、上!」
ドランが武器を構える。
アニスは軽く頷き、
跳躍 → 石柱 → 屋根へダッシュ。
「森の鳥はね……
“初撃”を外すと隙だらけになるのよ!」
アニスは身を低くし、
影のように素早くホロウ・クロウの死角へ回り込む。
ザシュッ!
その場に力なく落ちる。
「グレン! 行くぞ!」
「おうよ!」
ドランとグレンは互いに隣り合わせで動く。
直線で向かってくるホロウ・クロウを正面から切り伏せる。
ドランは速度、グレンはパワー。
正反対だが――
「せーのっ!」
ズドドドドッ!!!
二人の同調した踏み込みからの同時斬撃。
霊獣の影をまとめて三体、地へ叩き落とした。
「おい、グレン!攻撃を合わせる時はもう少し力加減――」
「そっちこそ速すぎるんだよ!!」
「なんだと!」
言い争いながらも息は完璧に合っている。
「左上!隙間来る!」
フィンが叫ぶ。
視線が高速で動き回る。
彼だけが見える“動きのテンポのズレ”が、霊獣の軌道を読んでいた。
「行くよッ!」
フィンの短剣が、
ホロウ・クロウの胸の急所を正確に突く。
パァンッ!
「……すごいね、完全に読んでる」
アニスが呟く。
一方、カケルはというと――
「よし、これで四匹目っと」
いつの間にかフクロウの移動軌道に“偶然”の石を緩く投げて、
一瞬流れを止めたり、軌道を逸らせたりして味方が攻撃しやすいようにアシスト。
「……なぁ、カケルって実は戦ってる?」
ドランが額に汗を浮かべながら訊く。
「いやいや。偶然だよ偶然。
ただの“石投げ”だって」
「そんな都合よく当たる石って有る!?!?」
「偶然だよ?」
にっこり。
「お、何だか面白い模様の付いた石があるな。
しかも2つも。
これはしまっておこう」
カケルはそれをポケットに収める。
十数匹いたホロウ・クロウは、
ものの三分で完全に沈黙した。
「……みんな……強い……」
リュートは震えた。
「新人レベル……じゃないな……やっぱり……」
アニスが肩を落とす。
「俺たち、今日何回現実を突き付けられるんだ……?」
ドランが空を仰いだ。
《感情発生:驚愕・感嘆150,000ルーメ》
◇
廟のさらに高い場所の影で、
スルヴァは両手で顔を覆っていた。
(なんで……なんで風鈴だけじゃなく……
本体スペックもこんなに高いの……!?)
(風鈴32個で躁気が全部吹き飛んだだけじゃなく、
野生のホロウ・クロウ十数体を瞬殺って……
予定が……予定が狂う……!!)
影の官吏は頭を抱え、石壁にゴンゴンぶつける。
(だめだ……!
狂、ほんと早く起きて……!
じゃないと私……報告書どう書けばいいの……!?)
《感情発生:驚愕・パニック600,000ルーメ》
◇
全員、戦闘の息を整える。
「じゃあ……行くか。
“狂”の本丸へ」
グレンが聖剣を担ぎ直す。
「……ここから先は、ただの霊獣じゃ済まないわよ」
ルシアナが呟く。
「狂のテンポ破壊領域……
本番は、ここからだね」
フィンが短剣を握り直す。
七人は足並みを揃え、
風の止まった廟の奥へと歩を進めた。
《感情発生:決意・覚悟2,100,000ルーメ》
お読みいただきありがとうございます!
廟での戦闘回でした。
ボビンの「軽い」発言、頼もしすぎます。
そしてカケルの「偶然の石投げ」。
絶対に狙ってますよねこれ(笑)。
《碧牙の矛》との連携も板についてきました。
次回、さらに奥へ。
空間そのものが狂い始めます。
引き続きお付き合いください!




