第42話 ウェルダ熱帯林の狂いと、静心の風鈴
ウェルダ熱帯林圏――
南方特有の湿気がまとわりつく、蒸し暑い緑の迷宮。
草の葉は常に揺れ、
どこか“呼吸”しているような不気味な脈動を感じる。
「……空、晴れてるのに、湿気が変だな」
グレンが額の汗をぬぐう。
「これが“生命テンポの狂い”よ」
アニスが低く言った。
「風、湿気、霊獣の動き……全部が微妙にズレてる。森のリズムが壊れてる証拠ね。
王都魔術研究院のミレイユから借りてきた測定器も不安定な感情波を示しているわ」
「気持ち悪い……」
フィンが肩をすくめた。
《感情発生:恐怖・不安150,000ルーメ》
◇
茂みを抜けた瞬間だった。
「――来る!!」
アニスの警告とほぼ同時に、
前方の草が“ドサッ”と落ちた。
次の瞬間、
狂気に染まった猿霊獣が十数体、木々の間から飛び出してきた。
その動きは速すぎて、
残像のようにブレて見えた。
「うわっ!? なんだこれ!?」
「テンションが……高すぎる……!」
「キャッキャ言ってて怖ぇぇ!!」
グレン・フィン・リュートの三人は、
最初の躁気に当てられた。
妙な笑いが込み上げ、
焦点の合わない目で猿を追いかけようとする。
「アハハ……走り回りてぇ……!」
「フィン、落ち着け!」
「うおおおおなんか体が軽いぃぃ!!」
「バカッ、下がれ!!」
アニスが叫ぶ。
だが次の瞬間――
ガギィィィィィィン!!
ボビンの盾が前に跳び、
狂った猿たちの跳躍をすべて受け止めた。
金属より硬い音が森に鐘のように響く。
「……させない」
いつもどおり短い言葉だが、その盾捌きは完璧だった。
跳ね返された猿たちが回転しながら木にぶつかり、
「キャッ!?」と情けない声を上げる。
「ボビンかっこいい!!」
「た、助かった……!」
しかし――
躁気の影響は着実に仲間を蝕んでいく。
グレンは剣を振り回しながら笑っているし、
フィンは高速でステップを踏んでいるし、
リュートは意味不明に詩を朗読し始めた。
「ふわふわの森にィ~~
風がァ~~走るぅ~~♪」
「やばい、全員テンポが壊れ始めてる……!」
アニスが青ざめる。
そんな中、
唯一“平常心”のままの男がいた。
カケルである。
「……暑いし、うるせぇし……」
カケルは面倒くさそうにインベントリをあさり、
ひとつの物を取り出した。
「――これ使うか」
「カケル?それ何?」
ルシアナが眉をひそめる。
カケルが掲げたのは、
透明なガラスの“風鈴”。
「は?なんで風鈴!?」
「ここジャングルだよ!?季節感どうしたの!?」
「いや、暑い場所で“涼しさ”出すなら風鈴だろ?」
何を言ってるのか分からない。
「というわけで――」
カケルが軽く振る。
チリン……チリリン……♪
風もないのに、
透き通った音色が森に響いた。
その瞬間――
全員の動きがピタッと止まった。
耳に優しい音色が、躁気の波長と逆相でぶつかり、
脳内の狂ったテンポを修正していく。
「……あれ?」
「体が……軽く……ない……」
「さっきまで何してた!?俺ら!?」
「偶然の音色・チリンチリーン♪だな」
カケルがどや顔を決める。
「偶然じゃない!絶対わざとでしょ!!」
ルシアナが悲鳴を上げた。
しかし効果は絶大だった。
躁気が霧のように引いていき、
狂った猿たちの動きも徐々に鈍くなる。
猿たちは最後に「キャ……」と泣くように鳴くと、
地面に崩れ落ち、眠るように静かになった。
「す、すごい……!」
アニスが風鈴を見つめる。
「この音、躁気の波形を打ち消してる……!」
「静心の風鈴って名称みたいだな。
神級アイテムっぽいな」
カケルが説明する。
「…“ぽい”って何よ?
なんでそんなもの持ってるのよあなたは!!」
「偶然インベントリの底にあった」
「偶然じゃないでしょそれぇぇぇ!!」
《感情発生:驚愕600,000ルーメ》
◇
猿を眠らせて一行が進んでいくと、
森の奥に“痕跡”が見つかった。
アニスがしゃがみこみ、地面を調べる。
「……この靴跡、“人間の大人”ね。
サイズ的に調査隊のものだわ」
近くには折れた木の枝。
布切れ。
そして焦げ跡。
「逃げながら戦った跡だな」
グレンが低くつぶやく。
「生きてる可能性は……ある?」
フィンが問う。
アニスは静かに頷いた。
「まだ、絶望するほどの状況じゃない。
これ……まだ“数日前”の痕跡よ」
「行くぞ。急ぐ」
カケルが風鈴を鳴らしながら先頭へ出る。
チリリン……
涼やかな音が、狂った森のテンポを塗り替えながら、
彼らを先へと導いていった。
お読みいただきありがとうございます。
狂った森の探索開始です。
テンションの高い猿、集団で来られると怖すぎますね……。
そこでカケルが出したのがまさかの「風鈴」。
「暑いから」という理由で神級アイテムが出てくるのがカケルクオリティです。
次回、この風鈴がとんでもない威力を発揮します。
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