第41話 旅立ち前夜と、新しい名前の話
リベリスの朝は、旅立ち前の高揚に満ちていた。
前借亭の奥ではノエルが慌ただしく皿を並べ、
カケル一行と《碧牙の矛(へきが の ほこ)》の三人が賑やかに朝食を囲んでいた。
「はい、できましたよ!
“旅立ち仕様の栄養満点メニュー”です!」
「……“普通の食材”って、やっぱり落ち着くわね……」
ルシアナが小声でぼそり。
「え?何か言った?」
カケルの無邪気な顔に、ルシアナはため息をこぼした。
(……ほんとお願いだから、竜肉はもう焼かないでほしい……)
本人には言わない。言ったところで悪びれないのは前日の通りだ。
◇
ミュコは前借亭の看板の上で胸を張り、
誇らしげに両手のような突起を伸ばし、体の一部に触れた。
「ぴゅいっ!」(留守番任せろ!)
「ミュコちゃん、今日もやる気いっぱいねぇ」
ノエルが抱きしめる。
ミュコは自分の“役割”を理解していた。
「ミュコ、帰ったらいっぱい遊ぼうね!」
「ぴゅい!!」
フィンが手を振り、ミュコも力強く突起した体の一部を振った。
◇
リベリス支部・会議室。
支部長ハリスが南部地図を広げ、一同の前に置いた。
「今回の任務は、ウェルダ熱帯林圏で発生している異変だ。
《狂》が関与している可能性は高い。だが――」
「“封印が解かれた”と確定したわけではない」
ルシアナが冷静に補足する。
「その通りだ。よって任務は、こうなる」
ハリスは三つの指を立てた。
「1、ウェルダ熱帯林圏の異変調査
2、調査隊の生存者がいれば救出
3、《狂》の封印状態を確認し、解除されていた場合は再封印、もしくは討伐」
アニスが腕を組む。
「森全体が異常気象を起こしてる。
周期の乱れ方、霊獣の狂奔……普通じゃないわ」
「つまり、“狂”が動き出している状況が揃ってるってことか」
グレンが静かに言う。
「心してかかれ。
《狂》は“生命のテンポ”を壊す存在だ」
ハリスは重い声で続けた。
「お前たち二つのパーティが協力して臨む。
これは本部の正式決定だ」
全員がが同時に頷いた。
《感情発生:決意・覚悟2,100,000ルーメ》
◇
説明が終わったあと、ふいにカケルが言い出した。
「ところでさ。
俺たちのパーティ名って、無いよな?」
「確かに……!」
「言われてみれば」
「“カケル一行”ってそのままだったよな……」
グレンが勢いよく手を挙げた。
「じゃあ俺が名付ける!
“極光五連星”だ!!」
「却下」
ルシアナ、即答。
「なんでだよ!」
「意味が分からない。あとセンスがない」
「光る要素聖剣だけ……他の4つの光は?」
「……弱そう」ボビンが真顔で言う。
「じゃあフィンは?」
カケルが振ると、フィンは頬を赤くしながら言った。
「えっと……“五つ葉の風隊”とか……
五人で、風みたいに動けたらいいなって……」
「可愛い!」
「良いじゃん!」
「今の、けっこう好きだぞ!」
しかしカケルがぽつりと言った。
「でも……五つ葉だとミュコが入らないよな。
六つ葉にする?」
「六つ葉の風隊……?」
「……なんかしっくりこない……」
そこで満を持して、カケルが胸を張る。
「じゃあ、俺の案で決まりだな!
“前借組”!!」
沈黙が三秒。
その直後――
「却下よ!!」
「絶対イヤだ!!」
「……嫌だ」
「ゴメンナサイカケルサン……」
全力で叩き落とされた。
「なんでだよ!?
みんな前借亭で働いてたり常連で、
スタッフチームみたいなもんだろ!?」
「あのね、冒険者ギルドの掲示板に
“前借組”って載るのよ!?
絶対イヤだから!!」
ルシアナが涙目になる。
「響きが……弱い……」
ボビンが地味に追撃。
そこへ廊下からアニスが顔を出す。
「“前借組”……?
ごめん、正直……絶対に一緒に任務に就きたくない名前だわ、それ」
カケル「なんでぇぇぇ!!」
結局、パーティ名は決まらず。
だが笑いの多い、温かい時間となった。
《感情発生:笑い・絆60,000ルーメ》
◇
三日後の早朝。
リベリスの街道に、一行が並ぶ。
ノエルが走ってきて手を振った。
「みんな、気をつけて行ってきてね!」
ミュコもノエルの頭上で大きく両手状の突起を広げる。
「ぴゅいっ!!」
「じゃ、行ってくる」
カケルが手を上げる。
「戻ったら、また前借亭で騒ごうな!」
グレンが笑い、
「……旅路に支障のない天候でありますように」
ボビンが意外に現実的な祈りをし、
「絶対、生きて帰りましょうね!」
フィンも力強く言う。
ルシアナは静かに息を吸った。
(狂……そして神界の影……
動き出したわね)
二つのパーティは肩を並べ、
南方への道を歩き出した。
◇
リベリスの家々の影が朝日に伸びる。
その中に……“揺れ方を間違えた影”がひとつ。
屋根の上、壁の裏。
誰にも気づかれない薄膜の残影が、
ゆらりと形を変えながら動いていく。
(……封印は解かれつつある。
四魄柱《狂》が目覚めるのは、もう時間の問題だ……)
影――
スルヴァはそう呟くと、風に溶けるように消えた。
ご覧いただきありがとうございます! パーティ名決め回でした。
「前借組」……うん、ルシアナたちの拒否反応も分かります(笑)。
結局決まりませんでしたが、こういう和やかな時間も冒険には大事ですね。
そしてリベリスの影でこっそり動き出している不穏な気配。
次回から本格的にウェルダ熱帯林圏へ突入です。
森の異変とは一体? 引き続きお楽しみください!




